天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー耳(1/7)

 耳は言うまでもなく音を聞き分ける聴覚と平衡感覚を司る器官。哺乳類と鳥類では、外耳・中耳・内耳の3部分からなる。

  わが聞きし耳に好く似る葦のうれの足痛(ひ)くわが背勤(つと)めたぶべし
                    万葉集・石川女郎
*大伴宿禰田主と石川女郎との間で交わされた数種の歌のうちのもの。女郎が田主を訪ねていったのに、会ってくれなかった田主に対して送った歌。意味は、
「私が噂に聞いたそのままに、葦の先っぽのように足を引きずってらっしゃったあなた、どうぞお大事に。」

  言(こと)にいへば耳にたやすし少くも心のうちにわが思はなくに
                    万葉集・作者未詳
*「言葉にしてしまえば、大したことではないように聞こえてしまうだろう。心の中は、そんな小さな思いではないのに。」自分の愛情は、とても言葉では表しきれない、という気持を詠んだ。ちなみに万葉集には「耳」は12首に出て来るが、この歌の万葉表記だけは「三三」となっている。

  それならぬ事もありしを忘れねといひしばかりを耳にとめけむ
                    拾遺集・本院侍従
*「耳にとめる」とは、「聞いて心にとめる。注意して聞く」こと。本院侍従は、平安中期の女流歌人。複数の男性と恋愛関係にあったといい、恋の贈答歌が多い。

  耳につく高志(こし)の訛りの濁(だ)み声もやうやく馴れて雪は深しも
                        吉井 勇
*高志は、越国(こしのくに)の古称で、現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部に相当する地域を差す。高志の訛りの典型は、富山弁であろう。

  気多の宮 蔀にひびく 海の音。耳をすませば、聴くべかりけり
                        釈 迢空
*気多の宮とは、石川県羽咋市寺家町にある気多大社のことで、日本海に面して鎮座する。

  降り昏む雪はこそとの音もなししんしんとして鳴れるわが耳
                       尾山篤二郎
*二か所にオノマトペ「こそ」「しんしん」あり。

  ほととぎす夜半鳴く声も耳に馴れ一人越しゆく比叡の山を
                        中西悟堂

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