身体の部分を詠むー耳(3/7)
すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも
長塚 節
つややかに思想に向きて開ききるまだおさなくて燃え易き耳
岡井 隆
*左翼思想に惹かれてゆく若い学生の姿が浮かんでくる。
ひがみみの耳の孤独のしろじろと秋の胡蝶となりてただよう
馬場あき子
*「ひがみみ」とは、聞きまちがえること。聞きそこない。転じて、思いすごし。
聞き間違えをした時の耳の姿を形容して詠んだ構成だが、作者のその時の心情でもある。
耳の奥のわれの迷路の病みいると哀れまれおり老いたる医師に
佐佐木幸綱
*内耳は、骨迷路の中に膜迷路がある二重のトンネル構造になっている。難聴やめまい、眼振などを生じた時に医者にかかった時の情景であろう。ことさら比喩的な読みをする必要はない、と思う。
一家みな襤褸(らんる)なれどもをさな児は紅(こう)を刷きたる耳朶(みみたぶ)をもつ
草野比佐男
*草野比佐男は、福島県出身の歌人,詩人,小説家。出稼ぎと離農を告発した「村の女は眠れない 草野比佐男詩集」は、NHKがドキュメントタリー化して放映し、反響を呼んだ。享年78。
ある朝鷹になっていつしんにとぎすますわが内界の耳
荻本清子
*外界の音を聞き分けるのは、内耳の聴覚機能つまり内界の耳である。
わが耳のなかに小鳥を眠らしめ呼ばんか遠き時の地平を
寺山修司
*「初期歌篇」にある作品。詩か小説の本歌取りなのであろうか。この一首だけでは解釈不能。小鳥の比喩するものは何か。「遠き時の地平」とは、過去か未来かの地平線か。