天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー髪(1/13)

 髪はもちろん頭に生える毛のことだが、その語源は、「かみのけ(上の毛)(頭の毛)」にある。
髪は人間の生命力の象徴である。黒髪から白髪になっていくことは、生命力の衰退を表している。
古来、女性にとって黒髪は美しい生命そのものであった。出家する時に剃髪するのは、生身の人間と一線を画することの決意表明に当たるのだろう。「黒髪の」は「乱れ」「長し」にかかる枕詞にもなる。

  たけばぬれたかねば長き妹(いも)が髪この頃見ぬに掻きれつらむか
                    万葉集・三方沙彌
*意味は「束ねると解け 束ねないと長すぎるおまえの髪をこのごろ見ることができないが もう誰かに結い上げたもらっただろうか。」三方沙彌は新妻の髪上げをするつもりだったが、病床ではそれもできなかった。

  人は皆 今は長しと たけと言へど 君が見し髪 乱れたりとも
                  万葉集・園臣生羽の女
*一首目に対する返歌で、意味は「まわりの人は皆 髪が長くなったとか 束ねなさいとか言いますがあなたと会った時の髪だから たとえ乱れていようとよいのです。」

  振分の髪を短み青草を髪にたくらむ妹をしそ思ふ
                    万葉集・作者未詳
*「たくらむ」は、一首目、二首目にも出たが、「束ねて結ぶ」こと。一首の意味は、「振り分け髪が短いので青草を髪に結い付けているあの娘、その姿を想い浮かべて恋しく思っているよ。」

  くらべこし振わけ髪も肩過ぎぬ君ならずして誰かあぐべき
                        伊勢物語
  むば玉のわが黒髪に年くれて鏡のかげに降れる白雪
                    拾遺集・紀 貫之
*「むば玉の」は、黒いものに関係のある「黒」「髪」「夜」「夕」「闇」「夢」などに掛かる枕詞。

  長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ
                  千載集・待賢門院堀河
  いとどしくあさねの髪は乱るれどつげのをぐしは挿さまうきかな
                        和泉式部
  振りかくるひたひのかみのかた乱れとくとたのむる今日の暮かな
                   続千載集・藤原知家       

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黒髪