天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー髪(2/13)

 『みだれ髪』は、周知のように与謝野晶子の処女歌集である。表紙の衣装は藤島武二による。
発刊直後の明治34年、晶子は与謝野鉄幹と結婚し、以後与謝野姓を名乗った。

  うら風は夕涼しくなりにけり海人(あま)の黒髪いまか干すらむ
                        香川景樹
*香川景樹は、江戸時代後期の歌人で桂園派の祖。斬新な歌論を展開したが、その為に保守派から排撃を受けた。しかし門人は千余人を数え、門流は明治・大正の世にまで続いた。

  うしろよりきぬきせまつる春の宵そぞろや髪の乱れて落ちぬ
                       与謝野鉄幹
  わがために筆あらふべく人のために髪あらふべく加茂の川流る
                       与謝野鉄幹
  くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる
                       与謝野晶子
  髪五尺ときなば水にやはらかき少女(をとめ)ごころは秘めて放(はな)たじ
                       与謝野晶子
  髪ながき少女(をとめ)とうまれしろ百合に額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ
                       山川登美子
*山川登美子は、周知のように与謝野鉄幹を慕っていたが、与謝野晶子に先を越された。親の勧めた縁組により一族の山川駐七郎と結婚したが、翌年死別。夫から感染した結核が元で生家で死去した。享年29。

  すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも
                        長塚 節
長塚節は幼少期から病弱であった。喉頭結核の身でありながら九州を旅行、途中で倒れ運び込まれた病院で死亡した。享年35。

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加茂の川