身体の部分を詠むー髪(6/13)
母の齢(よわい)はるかに越えて結(ゆ)う髪や流離に向かう朝のごときか
馬場あき子
長く長き一本の髪抜けし朝ふるさとの魚を釣らんと思えり
馬場あき子
髪を切る女髪切る男ゐて春の速度のなかの花やぎ
馬場あき子
夢のなかといへども髪をふりみだし人を追ひゐきながく忘れず
大西民子
口が裂けても言へぬことあり思ひゐて髪のなかから汗ばみてきぬ
大西民子
編みて寝る垂髪に棒の感じあり息づくときにわれはせばまる
森岡貞香
髪むすぶゴム紐を唇に噛みて立つ夜中にさめてたたかふごとき
森岡貞香
馬場あき子の歌: 三首ともに下句の展開が大きい。一首目は、母の年齢を超えたので、参考になる生き方が分らなくなくなって、あてもなくさまよう気持だ、というのだろう。二首目は、言わずもがなだろう。三首目は、上句を5・7・5の韻律で理解するなら、「髪を切る」「女髪切る」「男ゐて」となる。まさか「髪を切る女」「髪切る」「男ゐて」と8・4・5の韻律で読むわけではないだろう。情景としては、前者では女の髪を男が切っているようだし、後者では、女も男も髪を切っているようだ。足早に春が訪れて情景が華やいでいるのだ。
大西民子の歌: 二首ともに離婚の影が感じられる。昭和22年に結婚、男児を早死産し半年あまり病床にあった。夫とは10年間の別居後に協議離婚した。しかしいつまでも夫のことが忘れられなかったようで、その執着心から詠まれた作品も多い。
森岡貞香の歌は、二首共に長い髪を持っている女性ならではの不便さが表現されており、同情したくなる。