天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー胸(1/3)

 胸は、人の腹の上部を指す。身体の重要な部分を総合的に表す「むね(身根)」からきているという説が有力。家屋の中心部にあるものも「むね(棟)」である。

  今更に妹に会はめやと思へかもここだわが胸おほほしからむ
                   万葉集大伴家持
*笠女郎が大伴家持に贈った歌に対する返歌。「おほほし」は、この歌では、「心が沈んで晴れない。」の意味。結句を「いぶせくあるらむ」としている版もある。一首全体は、
「今更あなたに逢うことはないだろうと思うせいなのか、私の胸が重くふさぎ込んでしまう。」

  胸ぬちにあふるる怒りひた堪へてあぐら居さむく秋風を聴く
                       吉井 勇
*あぐら居: 両ひざを左右に開き、両足を組んで座る状態。

  胸板をぐっと押しつけ枕のうへ野心の方向をかんがへとほす
                       加藤克己
  祖父の血を継げばわが持つ胸毛よりしたたる汗をいとほしむなり
                       岡野弘彦
  胸切りて泣き得る肺量を持たざりき悲しくなればまなこみはりき
                       森岡貞香
*悲しみの極限状態を表現しているか。

  地震ゆりてゆりかへしたる夜のひきあけわが胸つべの谷深まりき
                       森岡貞香
*夜のひきあけ: 夜が明けてすぐ。

  男囚のはげしき胸に抱かれて鳩はしたたる泥汗を吸ふ
                      春日井 建

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鳩 (WEBから)