身体の部分を詠むー胸(2/3)
常臥の胸にひろげし世界図を閉ぢむ配られてコロッケが待つ
瀧沢 亘
*瀧沢亘は、少年の頃から肺病と闘い、サナトリウムに入りながら作歌活動を続けた。享年41。これで上句の情景が鮮明。
灯に見えて夜を濯ぎの母の胸小さくてかなしい日本の母
橋本俊明
*「小さくて」が、悲しみを呼ぶ。
眼下はるかな紺青のうみ騒げるはわが胸ならむ 靴紐むすぶ
福島泰樹
胸にさす光を待てり春の朝け鳥よりも早くわが起きいでて
安田章生
*朝け: 「あさあけ」の音変化で、夜明けに同じ。
いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は
小池 光
*ゆるやかな風に癒される胸の傷とは? 言わずもがなであろう。
くろがねに光れる胸の厚くして鏡の中のわれを憎めり
奥村晃作
大取鍋(とりべ)かたむけたれば溶銑(ゆ)の光溶銑(ゆ)を受くる男の胸板に映ゆ
大平修身
*溶銑(ゆ)と表記すれば、溶けた銑鉄のことだろう。それを「受くる男の胸板」とは、不可解。火傷どころの騒ぎではない!
やがてまた昏々として眠らんに胸を流るる暁(あけ)の風(プネウマ)
前田 透
*プネウマは、もと気息,風,空気を意味したが,のちには存在の原理とされるにいたった。明け方に眠ろうとするわが胸の呼吸を、高い次元の表現にしたもの。