父を詠む(1/10)
父(ちち)は、上代に男子を敬って言った「ち」を重ねた語という。古くは「たらちを」のちに「たらちね」と言った。枕詞は「ちちのみの」。対して母をさすのに「たらちめ」という語がある。
たらちをのかへるほどをも知らずしていかですててし雁の卵ぞ
清原元輔
*「雁の卵」は古事記に由来する長寿の目出度いものとされる。この歌は、そのことを知らないで、父親が帰るのを待たないで捨ててしまったことを悔やんでいる。
たらちねははかなくてこそやみにしかこはいづことて立ち止るらん
後拾遺集・源 頼俊
*源頼俊は、平安時代後期の武将。この歌は、友人の駿河守・源国房と牛車に同乗し国房の父定季の墓の前を通りかかった際に詠んだものとされる。
父ならぬ父を父とも頼みつつありける者をあはれ我が子や
伴林光平
*作者の伴林光平は、幕末の国学者、歌人、勤王志士。天誅組を組織し、十津川で挙兵したが敗れた。一首の意味は、
「父らしいことを何もしてやれなかったこの私を、父と頼んでいた我が子のなんとあわれなことよ。」
上山は山風寒しちちのみの父のみことの足冷ゆらむか
平賀元義
をさな子が乳に離れて父と共に寝たるこのこと日記にしるさむ
落合直文
天(あめ)にいますわが父のみはきこしめさむ我がうたふ歌調(しらべ)ひくくとも
佐佐木信綱
笑(ゑ)まひつつありはしつれど父もまたいはばいふべき事ありにけむ
尾上柴舟
ちちのみの父のひとつの楽しみは夜に母刀自(ははとじ)に書(ふみ)読ますこと
北原白秋
あなかそか父と母とは目のさめて何か宣(の)らせり雪の夜明を
北原白秋