父を詠む(3/10)
父の名も母の名もわすれみな忘れ不敵なる石の花とひらけり
前川佐美雄
爆音に声あげ仰ぐをさな子よなほ告げがたし父が思ひは
柴生田稔
父生きてありし日の肩大きかりし 摑まむとしてつね喪ひき
葛原妙子
ぬかるみに俵敷かんといふ父の声やはらかし日の射す方に
富小路禎子
一日を炬燵に伏して居し父のいたはる母に声をあららぐ
近藤芳美
父のあとを離れに独り住む母の庭来て父の夢うったうる
近藤芳美
*近藤芳美の二首から、母が父に抱く愛情が思いやられる。夫婦の機微がよく分かる。
去りゆかむわれを黙ふかくみつめゐし父なりしかば面影消えず
大野誠夫
父とともに生きて在る日よ朝光(あさかげ)の床屋にならびて髪を刈らるる
窪田章一郎
*窪田章一郎の父は、周知のように歌人・窪田空穂。
中學のわが古帽子かぶりたる父は畑なかにこごみゐ給ふ
大内與五郎
なすの花ひそやかに咲きいづる日に義眼重しと父が言いいる
金子正男
空(くう)をつかむごときかたちに起(た)ち上り息絶えて父よ何に執せし
石川一成