父を詠む(4/10)
いくばくの貸借ごとの記しある父の墨書は胸に沁むなり
鹿児島寿蔵
もろもろのかけらうち捨てある藪ゆ福熊手ひとつ父は拾ひ来
犬飼志げの
籐(とう)の椅子据ゑて牡丹を眺めゐる或る日の父の肩しづかなり
太田青丘
父と子がひとつ炬燵(こたつ)に讀む童話黄金(きん)の蜜柑をおきて母去る
太田青丘
悲劇つねに父に創まり雨季ちかき砂になすなくゐる蟻地獄
塚本邦雄
父よその胸郭ふかき処にて梁からみ合うくらき家見ゆ
岡井 隆
父よその背後はるかにあらわれてはげしく葡萄を踏む父祖の群れ
岡井 隆
その子らを草生の奥に置きしまま父なる闇を戻り来しなり
岡井 隆
母の髪こぶしに巻きて引き寄するある夜の父の狂ひゆく声
岡野弘彦
こもごもに病み衰へて老いゆくか父が睡(ねむ)れば母も眠りぬ
岡野弘彦
*岡野弘彦の二首は、夫婦の現実的な姿を子供に見せつけて、なんともやるせない。
[註]塚本邦雄が詠んだ父の歌は、全歌数9880首中364首(3.7%)となっている。