父を詠む(5/10)
この父が鬼にかへらむ峠まで落暉(らつき)の坂を背負はれてゆけ
前登志夫
わが通る果樹園の小屋いつも暗く父と呼びたき番人が棲む
寺山修司
音立てて墓穴ふかく父の棺下ろさるる時父目覚めずや
寺山修司
朝寒み父の丹前着て見るに丈短かけれど父のにほひす
小島資行
父よ をとこは雪より凛(さむ)く待つべしと教へてくれてゐてありがたう
小野興二郎
男と男父と息子を結ぶもの志とはかなしき言葉
佐佐木幸綱
食卓にひきがへるのごとむつつりと膨れてをればわれは父おや
小池 光
死ぬまへに孔雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる
小池 光
たどたどしく正信偈誦し額を垂れ其のままに父は寝息もらすよ
高橋荘吉
*正信偈: 浄土真宗のお通夜や葬儀、朝晩の勤行でよく読まれる親鸞聖人の教え。『教行信証』の一部。
さみどりの黄泉のみづかげふりかへりふりかへりゆく父は旅人
永井陽子
[註]寺山修司が詠んだ父の歌は全歌数714首の内64首と9%になり、率にすると多い。