父を詠む(8/10)
病める身に妻亡き後の十六年欲(ほ)らず頼らず怒らず父よ
秋山周子
半世紀青酸カリを捨てざりし父に兵士の日が帯電す
中川佐和子
わが目には覇者の如くに父の生く盲を嘆かず老を論ぜず
栗林喜美子
老後の後(のち)の老いのようにもくずれゆく父 食べさせしあいすくりーむ
大野道夫
五年間学費を送りくれし父書留の文字几帳面なりき
高野公彦
夜な夜なに父のむつきをわれ替へき白く小さき尻(ゐさらひ)恋し
伊藤一彦
ちちのみの父の遺ししネクタイの一本結ぶどこも行かねど
伊藤一彦
人の手を借りねば灰になれないと通夜より帰り父のつぶやく
大橋智恵子
病にて物言えぬ父がいつまでも鳩の旋回見上げていたり
大平勇次
抜き手切りて遠ざかりゆく父の腕ああこの浜にとはのまぼろし
石井登喜夫
*抜き手: 水をかいた手を水から抜いて前に返し、かえる足またはあおり足で泳ぐ泳法。