父を詠む(9/10)
母逝きて十年(ととせ)は経(た)ちぬ年ごとに言葉少なになりてゆく父
神作光一
高き靴見すれば父は要らぬといふ安きを見すれば履きてみて買ふ
島野達也
息子らに何希ふなく死にたりき鰻飯食へば憶ふ父はも
柳 宣宏
口すぼめ煙のロング吐く父の巧みを飽かず膝に眺めき
金戸紀美子
*たばこのロングは、フィルター部分が少し長い。
病む父を光源としてちりぢりのうからはらから日々に寄りくる
田宮朋子
*うから: 血縁の人々の総称。 はらから: 同じ母から生まれた兄弟姉妹。
拉致されし人丈高しその父は背伸びして子の額(ぬか)に触れ居る
酒井素子
わが父がわらわら泣いた日を思う空も癒せぬ生活がある
三枝昂之
夏またでいづくに父は隠りしやかぶらぬままの麦藁帽子
中西輝麿
死のきはの一瞬父は目を開き血筋浮く腕(て)の時計を見たり
庄野史子