たらちめはかかれとてしもむば玉のわが黒髪をなでずやありけむ
後撰集・遍昭
*「母は、まさかこのようなことになると思って、幼い私の黒髪を撫でたのではなかったろう。」 作者が頭を剃り下ろしたことを言っている。
露の身の消も果てなば夏草の母いかにして逢わむとすらむ
金葉集・読人しらず
*前書きによれば、母に先立たれ自身もおもい病にかかって死ぬ前に詠んだ歌という。
山鳥のほろほろとなく声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ
玉葉集・行基
*ほろほろと鳴く山鳥を生まれ変わった父ではないか母ではないかと思ったのである。
たらちねの母がみ国と朝夕に佐渡が島べをうち見つるかな
良寛
いかにして我はあるぞと故郷に思ひ出づらむ母しかなしも
木下幸文
玉の緒のいまはのきはの間にあはず母が手握るあたたかき手を
岡 麓
*玉の緒: 生命、いのち。
其子等に捕へられむと母が魂蛍と成りて夜を来たるらし
窪田空穂
鉦鳴らし信濃の国を行きゆかばありしながらの母見るらむか
窪田空穂
心一すぢ菜たね十里の宵月夜母が生れし国美しむ
与謝野晶子
垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども
長塚 節