母を詠む(5/12)
老いし眼が泪(なみだ)になりてゆく母の幼子(おさなご)のごとき面(おもて)にむかふ
五味保儀
撒き灰のなかより萌ゆるみちのくの韮をぞ思ふ母をぞ思ふ
山本友一
わが母が芯を丈夫に生みくれし母の子われはいまなほ死なず
小名木綱夫
山畑につまづきやすき母抱けば遠きところに山鳩啼ける
鎌田純一
六十八年わが名呼び来し母の声もはやよぶなきわが母の声
加藤克己
一人また母となりゆく人のゐて経る日を見れば涙ぐましも
河野愛子
孤り聴く<北>てふ言葉としつきの繁みの中に母のごとしも
浜田 到
死を決し海への道を歩みゆく母白光の中に見え来る
川口常孝
*作者の母は戦後、周囲の圧迫から入水自殺した、という。これに続く歌として
水に入る母のからだを後より照らしてゐたる海の夕焼
がある。なんとも凄まじい情景。
燻製卵はるけき火事の香にみちて母がわれ生みたること恕(ゆる)す
塚本邦雄
[註]塚本邦雄が詠んだ母の歌は、父の歌の半分程度の192首(全歌数9880首の1.9%)ある。