母を詠む(7/12)
腰たたぬ故に畳をいざる母たたみ冷きを今日は言ふなり
田中子之吉
ぬばたまの黒羽蜻蛉(あきつ)は水の上母に見えねば告ぐることなし
斉藤 史
駆け落ちの母若くしてかくれたる部落は小さく峠の下にあり
土屋文明
*幼少期の土屋文明の家庭環境は悲惨なものであったようだ。伊藤左千夫の好意で東大に進学して以降は、才能が存分に発揮され100歳の長寿を全うした。
母の齢(よわい)はるかに越えて結(ゆ)う髪や流離に向かう朝のごときか
馬場あき子
夭死せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪白みそむ
馬場あき子
母はもう植物なれば静かなる青き心を眼に澄ましゐつ
馬場あき子
この縁に手をつき母の泣きしなり手型のごとき庭の檜扇
芝谷幸子
*檜扇: この歌の場合は、アヤメ科の多年草を指す。剣形の葉が2列に互生し、扇形に広がる。
みがかれし大黒柱にしむなみだ母のもまた妻のもあらむ
小西久二郎
母の背はぬくとしあつし雪ふぶく角巻のなかわれはいずこへ
佐野昇平