母を詠む(8/12)
母を率(ゐ)て旅ゆく島にバスを待ついま母ひとり母の子ひとり
小野興二郎
蓑笠に甲(よろ)へる母のいでたちのまぶたを去らず雨の日ごろは
小野興二郎
野に唄ふことなくなりてわが許に住む母とみに老い給ひけり
高橋俊之
カラスなぜ鳴くやゆうぐれ裏庭に母が血を吐く血は土に沁む
永田和宏
呼び寄せることもできねば遠くより母が唄えり風に痩せつつ
永田和宏
雪卍卍の空と見ほほけてゐたり母逝く朝とも知らず
大塚陽子
*作者は、雪をめでたいものとして空を見上げていたのだろうか。その朝に母が亡くなったのだ。
娘(こ)の衣(きぬ)の身丈肩裄そらんじて母います小さき灯(あか)りのやうに
高尾文子
振り向けば帰りゆく母の灯(ひ)山に入りぬ送られてわが登校の未明
多田美津子
やむを得ずわれを捨てたらん母もあはれ死して十余年今におもへば
井上正一
やうやくに落着き出でて亡骸となりたる母の爪切りてをり
小田朝雄