母を詠む(10/12)
花の色定かに見えぬと言う母の車椅子押す合歓の花まで
佐藤洋子
我を生みし母の骨片冷えをらむとほき一墓下(いちぼか)一壺中(いちこちゆう)にて
高野公彦
停まる度に駅の名を問ふ母の掌にくれなゐ薄き鱒鮨を載す
志野暁子
*鱒鮨: 富山県の郷土料理で、駅弁としても有名。
母の視線断つごと我の閉めたりし障子の中にさよならの声
川崎勝信
睦まじき夫婦なりしが盲従の母にをみなのあはれ見て来し
田野 陽
こゑほそくうたふ軍歌はまぎれなく父待つ夜の母のうたごゑ
一ノ関忠人
健康に恵まれざりし母のため志したる医の道なりき
草野源一郎
「二十歳(はたち)後家(ごけ)」つらぬく母がミシン踏む音を夜毎に聞きて育ちぬ
石田容子
振り向かず帰れと送りくるる母振り向けば樹となりて立ちおり
木造美智子
わが服の襟(えり)につきゐし糸くづを払ひそのまま見送れる母
神作光一