天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

衣のうたー帯・紐(3/3)

 紐は糸より太く、帯や綱よりも細いものをさす。紐の語源は、「引く」「捻る」と同根という。

  難波津に御船(みふね)泊(は)てぬと聞え来(こ)ば紐解き放(さ)けて立(たち)走(ばし)りせむ
                 万葉集山上憶良
*「難波津に帰朝の船が到着したと聞いたならば、着物の紐も結ばないまま走り出てお迎えにあがりましょう。」

  天の河相向き立ちてわが恋ひし君来ますなり紐解き設(ま)けな
                 万葉集山上憶良
*「天の川に向かい立ってお待ちしていました。いよいよ、愛しいあの方がお出でになるらしい。衣の紐を解いてお待ちしましょう。」

  わが待ちし秋は来りぬ妹とわれ何事あれそ紐解かざらむ
                 万葉集・作者未詳
*「待ちに待った七夕の秋がやってきた。何事があろうともわが妻と共寝をしないでおくものか。」

  高麗(こま)錦(にしき)紐解き交(かは)し天人(あめひと)の妻問ふ夕(よひ)ぞわれも偲(しの)はむ
                 万葉集・作者未詳
*「今宵の天上は、牽牛が妻の織姫と逢って着物の高麗錦の紐を解いて共寝に入る日である。この私もお二人に思いを馳せよう。」

  淡路(あはぢ)の野島が崎の浜風に妹が結びし紐吹きかへす
                 万葉集・柿本人麿
*「淡路の野島の崎に吹く冷たい浜風に、大和で別れを告げた妻が結んでくれた腰紐がひるがえっている。」

  わすれ草わが紐に付く香久山の故(ふ)りにし里を忘れむがため
                 万葉集大伴旅人
*「忘れ草を私の腰ひもに付けてみた。香具山の懐かしい里を忘れようとするために。」
わすれ草: ユリ科の萱草(ヤブカンゾウノカンゾウなど)。若葉は美味で食され、根は生薬となる。わすれな草ともいう。
晩年に太宰府にあった大伴旅人にとって、香久山のある懐かしい明日香の里は、忘れてしまいたいほどに恋しいものであった。

  かへらむと我がせし時にわが紐を結びし姿いつかわすれむ
                     田安宗武

f:id:amanokakeru:20200618065326j:plain

野島崎