天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

衣のうたー袖・袂・襟(1/11)

 袖は着物の両腕を覆う部分。古くから袖のしぐさは、人の心を表し露や涙を連想させた。現代でも歌舞伎や講談のしぐさに見られる。古典和歌に袖を詠んだ作品は極めて多い。わけても古今集新古今集に目立つ。「袖」は古典和歌の典型的なうた言葉であった。

  采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたずらに吹く
                  万葉集志貴皇子
*「 明日香の宮から藤原の宮に遷られた後、志貴皇子の詠まれた御歌 」 という題詞がある。
采女の袖をひるがえしている明日香風は、都が藤原の宮に遷ってしまった今、ただただ空しく吹きぬけるだけ。」

  石見のや高角山(たかつのやま)の木の際(ま)よりわが振る袖を妹見つらむか
                  万葉集・柿本人麿
*「石見の高角山の木の間から、私が振る袖を妻は見ていただろうか。」

  引き攀(よ)ぢて折らば散るべみ梅の花袖に扱入れつ染(し)まば染むとも
                  万葉集三野石守
*「梅の枝を引きちぎって折ったら花が散ってしまうだろうから、手で花をしごいて袖にしまいこんだよ。袖が梅の花に染まってもいいと思って。」

  わが衣(きぬ)を君に着せよと霍公鳥(ほととぎす)われを領(うなが)す袖に来居(きゐ)つつ
                  万葉集・作者未詳
*「ホトトギスが飛んで来て袖にとまり、あの方に、羽織りをかけてやりなさい、とせっつく。」
  我妹子に恋ひて術無(すべな)み白たへの袖返ししは夢(いめ)に見えきや
                  万葉集・作者未詳
*「あなたのことが恋しくてたまらず袖を折り返し眠りましたが、その夢をご覧になりましたか。」

  豊国の企救(きく)の池なる菱(ひし)の末(うれ)を摘むとや妹が御袖(みそで)濡れけむ
                万葉集豊前国白水郎
*「豊国の企救の池に浮かぶ菱の実を摘み取ろうとして。あの人の袖は濡れただろうか。」

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高角山