衣のうたー袖・袂・襟(9/11)
袂(たもと)(手本)は、和服の袖の、袖付けより下の垂れ下がった部分を差す。
帰るべく時は成りけり都にて誰(た)が手本(たもと)をかわが枕かむ
万葉集・大伴旅人
*「還るべき時は来たが都にていったい誰の腕を私は枕にしようか。」
秋立ちて幾日(いくか)もあらねばこの寝(ね)ぬる朝明(あさけ)の風は手本(たもと)
寒しも 万葉集・安貴王
*「秋になって幾日も経っていないのに、こうして寝ている朝明けの風は、手本に寒く感じられることだ。」
秋の野のくさのたもとか花薄ほにいでてまねく袖とみゆらむ
古今集・在原棟梁
*「秋の野の袂だろうか、花ススキは、その穂の身振りで私を招く袖のようだ。」
うれしきをなににつつまむ唐衣袂ゆたかにたてといはましを
古今集・読人しらず
*「うれしい気持ちを何に包もうか、袂をもっと豊かに裁っておくようにと言っておけばよかった。」
世の中のうきに生ひたる菖蒲(あやめ)ぐさけふは袂にねぞかかりける
後拾遺集・藤原隆家
知らざりき雲ゐの余所(よそ)に見し月のかげを袂に宿すべしとは
山家集・西行
*「あの頃はまさか知らなかった。空の遥か彼方に見た月の光を、涙に濡れた我が袂に宿すことになろうとは。」
忍びねの袂は色に出でにけりこころにも似ぬわが涙かな
千載集・皇嘉門院別当
*「忍び泣く声は袖の袂で抑えたけれども、その袂は涙に染まって、思いが色に表れてしまった。心は恋の辛さを隠そうと必死なのに、涙は心に合わせてくれないのだ。」
おもふよりいつしか濡るる袂かな涙ぞ恋のしるべなりける
千載集・後二条関白家筑前