天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

食のうたー櫂未知子『食の一句』(3/6)

 五月の句から

     恋知らぬ女の粽(ちまき)不形(ふなり)なり        鬼貫

*上島鬼貫(うえじま おにつら)は江戸時代中期の俳諧師。恋を知らない娘が作る粽は、情が籠っていなくて不細工、という。

 

     味噌・醤油・塩・酢・浅葱(あさつき)・初鰹     瀬戸正洋

     卯の花に賀茂の酸(す)茎(ぐき)のにほひ哉(かな)      几董

*高井几董(たかい きとう)も、江戸時代中期の俳諧師。酸茎は、上賀茂特産の冬の漬物だが、夏になると珍味として賞味されていた。この句では、卯の花ととり合わせることで、暗示したのだ。

 

     ビフテキの切口南風に向き              関本夜畔

ビフテキ: ビーフステーキの略称。

 

     尺蠖(しゃくとり)すすむゼリー固まりゆく時間    須川洋子

*尺蠖虫が前進する様子を見ていると、確かにその時間が気になってこよう。それにゼリーが固まる時間を連想したのだ。とり合わせがなんともユニーク。

 

 六月の句から

     遠雷や皿に寄り眼の目玉焼き         さくたやすい

     鮨喰うて道を急がずなりにけり          石原八束

     月もこよひ食したまふや嘉定食(かじようぐい)     貞徳

*松永貞徳(まつなが ていとく)は、江戸時代前期の俳人歌人・歌学者。

 嘉定食: 旧暦六月十六日の行事。十六個の餅や菓子を神に供え、それを食べて疫病を祓ったという。

 

     伊勢えびにしろがねの刃のすずしさよ       日野草城

     明治より大正老ゆる土鰌鍋(どじょうなべ)     能村研三

*土鰌鍋(泥鰌鍋)は、夏の季語。大正時代は明治時代に比べて短期間であった。大正時代の方が印象が薄いこともあって、この句の上五中七の表現になったのであろう。

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粽(ちまき)