天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(5/8)

[秋]

  たぽたぽと樽に満ちたる酒は鳴るさびしき心うちつれて鳴る

                         若山牧水

*牧水の父親は酒で身代をつぶしたので、牧水の少年期は大の酒嫌いだったという。だが成長して、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」という有名歌を残すほどの酒好きになってしまった。

 

  芭蕉科バナナ珍しげなし秋の灯に叩き売られて消え去りゆきぬ

                        馬場あき子

*バナナが高値の花だった時代を知っている人にとっては、この歌は時代の変遷を痛感させるものであろう。

 

  ゆうぐれに澄む茄子畑かなしみのしずくとなりて茄子たれており

                         玉井清弘

  童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

                         春日井健

  茸いま暗闇の土に頭あぐ月の出の暗きくらき時なり

                         前登志夫

  梨の実の二十世紀といふあはれわが余生さへそのうちにあり

                        佐藤佐太郎

*梨・二十世紀: 千葉県に住む13歳の少年が、親類宅のゴミ捨て場に生えていたものを発見、移植して育てた。実がなった1898年に渡瀬寅次郎によって、来たる新世紀(20世紀)における代表的品種になるであろうとの観測と願望を込めて命名された。1904年に鳥取県に導入され、鳥取県の特産品となった。

 作者の余生は、その二十世紀の内に終わるのだ、という哀れを詠んだ。

 

  台風は直(ただ)にせまりつつ来るといふ死魚裂けばその肉青青として

                        真鍋美恵子

*上句と下句の取り合わせが鮮烈!

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茸(きのこ)