天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(6/8)

[秋(続)]

  実を終へし糸瓜(へちま)なれども大き葉はせいせいと三日の雨をよろこぶ

                        米川千嘉子

糸瓜はいろいろな部分が我々の役に立つ。ヘチマ水は化粧水に、円筒形の果実はヘチマたわしに、種は食用に、大きな葉は緑蔭に、などである。この歌は、そんな糸瓜へのエールであろう。

 

  顔いろの悪いようなるグレープフルーツいつもどこかをへこませている

                        花山多佳子

  ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

                         斎藤茂吉

*大根の葉を食の対象とみて下句の感情(寂しい)が湧いたのかどうか。そうした鑑賞は見たことはないが、面白そうだ。本の作者(道浦母都子)は、食べ物として大根を取り上げた際に、この有名歌を視覚的な一首として引いたにすぎない。

 

  花のごとく開くいくひら酢の中に牡蠣(かき)死なしめて一人の夕餉

                        富小路禎子

*生の牡蠣を酢につけて食べるいわゆる酢牡蛎であろう。下句がなんとも残酷で寂しく響く。作者は敗戦で没落した旧華族の娘で、旅館の女中や会社勤めをしながら生涯独身であった。

 

  王禅寺に仰ぎてをれば青柿が念力ゆるみたるごと落ちぬ

                         今野寿美

*王禅寺は、川崎市麻生区にある真言宗豊山派の寺院。日本最古の甘柿の品種と言われている禅寺丸が鎌倉時代前期(1214年)に発見された寺として有名。

 

  口移されしぬるきワインがひたひたとわれを隈なく発光させゐる

                         松平盟子

 

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牡蠣(かき)