食のうたー道浦母都子『食のうた歳時記』(8/8)
[冬(続)]
塩の道・鯖の道遠く辿りをれば生まるる前のごとき雨降る
大西民子
*塩の道は、日本の各地にあった。鯖の道といえば、福井県小浜から京都へと通じる鯖街道のこと。作者は岩手県盛岡市の出身なので、これは旅行詠であろう。
生業(なりわい)はかくも美(は)しきか如月の豆腐を水より掬いているも
*豆腐屋の作業をみての感想。
時かけて林檎一個を剥きをはり生(き)のたましひのあらはとなれり
老い母と昼の市場の路上にてその名も美しき泥葱を買ふ
北沢郁子
*「泥葱」という名前が美しいと言われても納得しがたい。形態に惹かれるのなら分るが。
春あさき湖に釣りたる若さぎの胸ほのかなる花の色帯ぶ
坂出裕子
花を彫(ゑ)りしグラスに水を充たすとき死のみ明るき未来とおもふ
松平修文
*花を彫ったグラスが水によって大変美しく見えた。その時日常生活を暗いと感じていた作者は、下句のような感想を抱いたのだろう。
[注意]『食のうた歳時記』となっているが、食材として詠まれたものではない作品も
とりあげている。作者・道浦母都子の食体験のエッセイともなっているからである。