天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

住のうたー厨・台所

 厨(くりや): 《「涅 (くり) 屋 (や) 」の意で、黒くなっているところから》食物を調理する場所。台所。厨房(ちゅうぼう)。

 

  くりやべの夜ふけ

  あかあか火をつけて、

  鳥を煮魚を焼き、

  ひとり 楽しき            釈 迢空

 

  物きざむ音のきこえてほのぐらき厨の中の妻を見出でぬ

                     松村英一

  麦稈(むぎから)が燃えてぞ立つるその音を朝の厨に我のみが聞く

                    宮原阿つ子

  かいまみし夜の厨房にほそき月と一たばの葱とめぐりあへるを

                     畑 和子

  たけのこの皮剥ぐ音のひとしきりくりやにありてながきたそがれ

                     木俣 修

  厨のくらがりにたれか動きゐて鋭きフォークをしばしば落せり

                     葛原妙子

*くらがりでフォークが鋭いかどうか分からないだろうに、と思うのはヤボ。作者にとってフォークは鋭利なもの、という先入観念がある。前提になっている。「鋭きフォーク」がこの歌の焦点。

 

  灯ともして厨に蒼き魚を裂くひとりの夜の心なぐやと

                     岡野弘彦

  煮えくるう水を愛して夜半すぎし厨に居たりけり、怪しむな

                     岡井 隆

*初句二句が異常な情景に見える。見かけたら誰だって怪しむだろう。

 

  君のため厨に立たむ日あらむか培養基(アガア)の馬鈴薯剥きつつ思ふ

                  石川不二子

*「培養基(アガア)の馬鈴薯」が分かりにくい。培養基(微生物や細胞の培養のために用いる、養分などを含む液状や固形の物質)で育てたジャガイモ、という意味か? 作者は、島根県三瓶山麓の集団共同開拓農場に入植して酪農業に従事する。結婚前のある日の感想であろう。

 

  足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちをる

                     若山牧水

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台所