天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

あの世のこと(5/6)

 常世(の国)は、古代人が、海のむこうのきわめて遠い所にあると考えていた想像上の国で、不老不死の理想郷、神仙境とも考えられた。『古事記』にはスクナヒコナノミコトが常世の国に渡ったことが書かれている。

 

  常世(とこよ)辺(へ)に住むべきものを剣(つるぎ)刀(たち)己(な)が心から鈍(おそ)やこの君

               万葉集高橋虫麻呂歌集

*剣(大)刀(つるぎたち): 己(な)にかかる枕詞。剣や大刀は、身に添えて佩くもので、砥石を使って磨いでおくもので、大切にして斎うものであり、また、刀(かたな)の刃(な)に通じるものだからナ(名、己)にかかるとされている。一首の意味は、「死ぬことのない世界に住んでいられたのに。 お前の心得ちがいで、できなくなった。おバカさんのお前 。」浦島太郎の話を踏まえる。

 

  いにしへの常世の国や変りにしもろこしばかり遠く見ゆるは

                 後拾遺集清原元輔

  仏だに猶かりがねの雲がくれ北を常世と今日ぞかへれる

                        契沖

  みむなみの常世の島の くるしさも 言ふことなかれ──。春はたのしき

                      釈 迢空

  日の御碕かみの社の昼たけて常世のくにの浪の音する

                      岡野弘彦

*日の御碕:  島根県出雲市大社町日御碕に位置し、島根半島のほぼ西端で日本海に面する岬。

 

  水禽(みづとり)は霊(たま)運びくる鳥にして常世の境をぬけて来し白

                      大滝貞一

  風鐸の常世のゆらぎつばらかに仰ぎて塔影のなかに身を置く

                      久泉迪雄

*風鐸: 仏堂や仏塔の軒の四隅などにつるす青銅製の鐘形の鈴。

 

  面(おもて)ひとつたづさへ来たる配流とは月を抱(いだ)ける常世の旅か

                      水原紫苑

  海(うな)境(さか)のいづくか知らず妣(はは)が国─・常世の楽園ニライ・カナイは

                      徳山高明

*ニライ・カナイ: 沖縄や奄美群島で,遠い海のかなたにあると信じられていた楽土。記紀の神話に登場する常世の国に相当する。つねに現世と往来できる所とされ,火や稲をはじめ島人の祖先もここから渡来したとされていた。(百科事典から)

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風鐸