天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

この世のこと(7/16)

 うき世の意味については、歴史的に次のような変遷があった。辞典を引用すると長くなるので、要約しておく。

 本来は、形容詞「憂(う)し」の連体形「憂き」に名詞「世」の付いた「憂き世」であった(仏教的厭世観)が、漢語「浮世(ふせい)」の影響を受けて、定めない人世や世の中をいうように変化し、近世初期から、現世を肯定し、享楽的な世界をいう「浮き世」と書かれるようになった。

 

  うき世には門させりとも見えなくになどか我が身の出でがてにする

                    古今集・平 貞文

*「この憂き世には、門があって閂(かんぬき)がさしてあるとも見えないのに、なぜ我が身は家から出にくいのだろう。」

鬱状態に陥っていた平中が、怠慢を理由に衛府の役を取り上げられた時の歌、という。

 

  惜しからでかなしきものは身なりけり憂世そむかむ方を知らねば

                    後撰集・紀 貫之

  しでの山たどるたどるも越えななむうき世の中に何帰りけむ

                   後撰集・読人しらず

*しでのやま: 死出の山。人が死後に行く冥途にあるという険しい山。

越えななむ: 越えていってしまいたい。

 

  ながむるに物思ふことの慰むは月はうき世のほかよりや行く

                    拾遺集・大江為基

*「眺めれば悩みごとがまぎれるということは、月は辛い現世の外を巡っているのだろうか。」

 

  わび人はうき世の中にいけらじと思ふことさへかなはざりけり

                    拾遺集・源 景明

*わび人: 世に用いられずわびしく暮らす人。

うき世には生きて行けまい、と思うことさえできなかった。

 

  憂世をば背かばけふもそむきなむ明日もありとは頼むべき身か

                    拾遺集慶滋保胤

  心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな

                   後拾遺集三条天皇

  もろともにおなじ憂世にすむ月のうらやましくも西へ行くかな

                  後拾遺集・中原長国妻

  山の端に入りぬる月のわれならばうき世の中にまたはいでじを

                   後拾遺集・源 為善

*私が山の端に入ってしまった月だったなら、うき世には二度と出てこないものを。

 

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夜半の月