天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

この世のこと(16/16)

  手にむすぶ水に宿れる月影のあるかなきかの世にこそありけり

                        紀 貫之

*あるかなきかの世: はかない世。

 

  山城の井手の玉水手に掬び頼みしかひもなき世なりけり

                        藤原敦忠

*頼み: 手で掬い飲む意の「手飲む」と「頼む」を掛ける。

「山城の井手の玉水をすくって手飲みをするではないが、約束した甲斐もない仲だったな。」

 

  あさましの世は山川の水なれや心細くもおもほゆるかな

                        和泉式部

*あさましの世: あきれる程ひどい世。

 

  思へども定めなき世のはかなさにいつを待てともえこそ頼めぬ

                     新古今集・行尊

* 「思へども」は、「いつ帰ると約束したいとは思うが」ということ。

 

  さらに又嘆くと聞かばかくばかりいとはしき世もすてぞわづろふ

                   新葉集・花山院師兼

*すてぞわづろふ: 捨てたものかどうか悩んでしまう。

 

  前をふみあとに躓(つまづ)き我こそは道もなき世に夏はきにけれ

                       下河辺長流

  軒端ゆく山下水にかずかきてはかなき世をや更にしのばむ

                        加納諸平

*「山下水に指で数を書いて、はかない世の中を更にしのぶとしよう。」

「水に数かく」という表現は、万葉集にも「水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも」 (うけふ=「誓ふ」:神に祈る/神意をうかがう) と出ている。

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井手の玉水