歌枕の衰退(1/3)
歌枕とは、平安中期の『能因歌枕』によれば、歌名所と限らず、広く一般歌語と解されていたが、平安後期になると狭義の歌名所に限定されるようになった。
文芸的情緒や気韻を慕っての歌枕による和歌表現は、数々の累積に伴い、類型・固定化を招き、平安鎌倉期をピークに時代がくだるほど低調に陥った。(『歌語例歌事典』聖文社による)
ここでは歌枕が衰退した理由、背景を具体的に見ていきたい。結論を先に言ってしまうと、歌枕が言葉遊び(掛詞、語呂合わせ、同音反復、縁語など)に使われ、歌名所のロマンが忘れられた、希薄になってしまったためであろう。一方、歌枕とは本来、掛詞や語呂合わせに使える言葉と解釈すれば、特段に不思議なことではなくなる。以下、歌枕を[ ]に示す。
君が代にあふくま川の底きよみ千年をへつつすまむとぞ思ふ
詞花集・藤原道長
君にまた阿武隈川を待つべきに残り少なきわれぞかなしき
新古今集・藤原範永
ゆくすゑにあふくま川のなかりせばいかにかせまし今日の別れを
新古今集・高階経重
[伊香保]同音反復の表現で、「いかに」「いかにして」「いかが」などに掛ける歌例が多い。
いかほのやいかほの沼のいかにして恋しき人を今一目みむ
拾遺集・よみ人しらず
おりたちてひく手に夏はなぎの葉のいかほの沼のいかが涼しき
藤原範宗(郁 芳三)
[さやの中山]「なかなかに」「さやかに」を伴う同音反復表現が多い。
東路のさやの中山なかなかに何しか人を思ひそめけむ
古今集・紀 友則
甲斐が嶺をさやにも見しがけけれなく横ほり臥せるさやの中山
古今集・よみ人しらず
東路のさやの中山なかなかにあひ見てのちぞわびしかりける
後撰集・源 宗于
東路のさやの中山さやかにも見えぬ雲ゐに世をやつくさむ
これらに対して西行は、次のように旅人の感懐をしみじみと詠んだ。
年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山
以後はこれに続く歌も多くなった。ただ江戸後期になっても、次のように同音反復表現
は残った。
東路のさやの中山さやかにもみぬ人いかで恋しかるらん
香川景樹