虫のうた(1/5)
ここでは、単に虫と詠まれた歌を見てみる。なに虫と書かれていない、具体名のない場合である。昆虫を想定することが多い。微小な生命の象徴として詠まれる。
語源は「むす(生)」の連用形名詞。土や水の中から自然に生まれてくるのが「むし」と考えた(語源辞典による)。
この世にし楽しくあらば来む生(よ)には虫にも鳥にもわれはなりなむ
秋の夜は露こそことにさむからし草むらごとに虫のわぶれば
古今集・読人しらず
*「秋の夜は露が特に寒いらしい、草むらごとに虫が嘆いているのを見ると。」
秋の夜の明くるも知らず鳴く虫はわがごと物や悲しかるらむ
*「秋の長い夜が明けたことも知らず鳴いている虫たち、どうして自分の事のように悲しいのだろう。」
秋くれば野もせに虫のおり乱る声のあやをば誰かきるらむ
後撰集・藤原元善
*野もせに: 野も狭いほどに多く。野原一面。
声のあや: 声の入り交じって諧調をなしていること。声の調子。
「秋が来れば野原いっぱいに織り乱れる虫の声の繚乱の衣をいったい誰が着るのだろう。」
これを見よ人もすさめぬ恋すとて音(ね)をなく虫のなれる姿を
後撰集・源 重光
*「これをごらんなさい。だれも顧みないような恋をして声をあげて泣くわたしのなれの果ての姿を。」
風さむみ声よわり行く虫よりもいはで物おもふ我ぞまされる
拾遺集・読人しらず
君をなほうらみつるかなあまの刈る藻にすむ虫の名を忘れつつ
拾遺集・閑院大君
*「あまの刈る藻にすむ虫の名」は、「われから(海洋に生息する小型の甲殻類)」。
秋の野のくさむらごとにおく露はよるなく虫のなみだなるべし
詞花集・曾禰好忠