心を詠む(2/20)
心には千遍(ちたび)思へど人にいはぬわが恋妻を見むよしもがも
万葉集・柿本人麿歌集
*「恋妻に逢いたいと心には千遍も思っているが、人には言えない。なんとか逢う手立てはないものか。」
徘徊(たもとほ)り往箕(ゆきみ)の里に妹を置きて心空なり土は踏めども
万葉集・作者未詳
*往箕の里の場所は不明。
「さまよっているよ。往箕の里にあなたを置いて、心は上の空。大地を踏んでいるものの。」
はろばろに思ほゆるかも然れども異(け)しき心を吾が思はなくに
万葉集・作者未詳
*遣新羅使の歌。「行く先の新羅の美人に心を寄せるような気持を私は持っていません。」という。
わが背子が著(け)せる衣の針目落ちず入りにけらしもわがこころさへ
万葉集・阿倍女郎
*「あなたに着てもらおうと縫っている衣の針の穴にすっかり入ってしまったようです。私の心さへも…」 聡明な女性の詠みっぷりである!
ひさかたの月夜を清み梅の花心開けて吾(あ)が思へる君
万葉集・紀少鹿女郎
*「空遠くまで輝く月夜が清らかなので、夜開く梅の花のように心も晴れ晴れと、私がお慕いするあなた。」
心こそうたてにくけれ染めざらばうつろふ事も惜しからましや
古今集・読人しらず
*「 心というものは、どうにも気に入らない! 思い染めていなければ、相手の気持ちが変わったとしても惜しくはないのに。」
わすれ草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり
古今集・素性
*「(恋を忘れるという)忘れ草は何を種にしているかと思ったら つれない人の心だったのだ。」
心をぞわりなきものと思ひぬる見るものからや恋しかるべき
*「 自分の心ながら道理に合わないものと思った、逢っていれば恋しいはずもないのに。」
「逢っているのに、恋しいということがあるものか」 それをそうと感じない心を "わりなきもの" と言っているのだ。
女が男のことを思って詠む歌には、具体が入っていて訴える力が強いように感じる。阿倍女郎の歌が良い例。思いを込めて縫っている衣の縫い目に、自身の心が入り込んだという感情表現はすばらしい。ただ紀少鹿女郎の場合は、比喩がきれいすぎて心の深さが弱い感じがする。