戦争を詠むー兵(1/5)
「兵」という漢字は、古代中国では戦争そのものを表していた。そこから戦争をする人を兵士と呼ぶようになった。その後、「兵」だけで、「兵士」を意味する語として使われるようになり、現代に至っている。和歌では、武人、武士を意味する「もののふ」や勇ましい男である「ますらを」や「をのこ」を用いて内容から兵士とわかるように詠んでいた。また防人(さきもり)という職務の言葉を用いた。
ますらをの鞆(とも)の音すなりもののふの大臣(おほまへつきみ)楯(たて)立つらしも
*鞆: 弓を射る時に左手首の内側につけて、矢を放ったあと弓の弦が腕や釧に当たるのを防ぐ道具(百科事典)。なお楯は、矢、石、剣などによる攻撃を防ぐための武具。
一首は、元明天皇の即位を祝うために兵士たちが弓の弦を打ち鳴らしたり楯を立てたりする様子の勇ましさを詠っている。
「勇士たちの鞆を弓の弦がはじく音が聞こえてくる。物部の大臣が楯を立てているようだ。」
ますらをの得物矢(さつや)手(た)ばさみ立ち向ひ射る円方(まとかた)は見るに
*円方: 現在地名として残っていないが、三重県松阪市東黒部町の中野川周辺であるとされている。上句によってこの地を誉めている構成。
「立派な男子が矢を手に挿み立ち向かって射る的のように、円方は見るに清々しい。」
千万(ちよろづ)の軍(いくさ)なりとも言(こと)挙(あ)げせず取りて来ぬべき
*「一千万の軍勢であろうと、あなたはとやかく言わずに黙って打ちとってくる男だと思っています。」
大夫(ますらお)の靱(ゆき)取り負(お)ひて出でて行けば別れを惜しみ嘆きけむ妻
*靭: 上古時代に矢を入れて携行した武具の一種。
「立派な大夫が靫取り背負って出立して行くと、別れを惜しんで嘆くでしょう、妻は。」
今替る新防人(にひさきもり)が船出する海原のうへに波なさきそね
今年行く新島守(にひじまもり)が麻衣(ころも)肩の紕(まよひ)は誰か取り見む
万葉集・作者未詳
*紕: 織物の糸や髪の毛が乱れること。ほつれ。
「今年送られて行く 新しい防人の麻の衣の肩のほつれは、いったい誰が繕ってやるのだろう。」
防人に行くは誰(た)が夫(せ)と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思(ものもひ)もせず
万葉集・作者未詳
*結句の解釈は、「(夫が防人として行ってしまう)私の気持を知りもしないで。」と「(問う人は)悩んでもいない。」とする二通りがある。