花鳥佰歌集 『逃げる!』
<閑話休題>
花鳥佰さんの第二歌集(短歌研究社刊)である。芸術家、文化人、芸能人などを所縁の地を訪れて詠んだ作品に惹かれた。紀行文も欲しい、と思った次第。全三八六首。
代表的なレトリックとして、擬人法、直喩、一字空け、オノマトペ、ひらがな表記、固有名詞、
外国語・カタカナ語 などがあるが、中でも一字空けの多さ(七0首、十八%)が目立つ。
一字空けは詩情の織り込みの手段であり、とり合わせの工夫である。以下では、多様な一字空けの例歌を三首ずつあげよう。一字空けの前後の句の関係が注目点。
Aグループ: 前句の状況を後句で説明。前句の続きを後句で。
きみとぼくいつ別れたつけ ゐのししがくぢらに訊きぬ春の海辺に
「かにかくに」吉井勇の歌碑のあり ここにも京に呑まれしひとが
『ロマンス』の舞台をおもふ チェーホフの一生(ひとよ)を観せし井上ひさし
Bグループ: 前句の内容に対する感情・感想を後句で。前句と後句で情景表現。
あたま下げ二枚目の肉いただきぬ つつしみながらうましとおもふ
おまへならどちらを選ぶ玉手箱とパンドラの箱 亀の訊きたり
蛇となり水にすべりこみし太宰なり 玉川上水けふもながるる
Cグループ: 前句に対する補足を後句で。
いく枚もの空から垂れたカーテンにかくされてゐて 隅からのぞく
舞台のうへに泣くひとをりて客席の嗚咽ひろがる 手を振りあひぬ
四月(よつき)に三度(みたび)襲撃されし男なり あはれむごとく雨の止まずき
Dグループ: 前句の内容に対する想像・思いを後句で。
不思議な鳥がさへづつてゐる あれはきつと冥王星からのバガボンド
われの生き方「頭(づ)」から「脚(あし)」へとかはりたり 弥生びと辞め縄文びとへ
ひと踏むをおもひもしない友なりき 悪意はわれらの楯かもしれぬ
Eグループ: 前句の内容を後句で具体的にあてはめる。
冷えきつた両足の指がいやなんだとつぶやいてゐる 苔のにほひが
杉の樹の陰にひかつて とはうもなく大きなものは鹿の目だつた
一段おきに石段のぼる 一人おきに赤紙の宛名書きしひとあり
Fグループ: 前後の関係性を作者が自在に決めている。読者には意外・難解。
おふたかたの皇子(わうじ)の生(あ)れて世はやすらぐ 仏よ見たまへわがはたらきを
こぼれむとするを躍起におしとどむる力ぞ見ゆる さくら満開