天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

呪われた従軍歌集(5/10)

 先ず『山西前線』で目立つ特徴としては、初句字足らずが大変多い。全歌497首中46首ほど、一割近くもある。この詠法によって、歌集に緊迫感が醸成されている。

  現地の一角にしてただならぬものうごめけりくらき埠頭に

遺髪(ゐはつ)の包に辞世を認めて覚悟のほどを明らかにせり

  廃墟の中を行きつつ流民の底にひそめる力に打たる

  左翼の突角にある銃眼に曝され居れど敵の射ち来(こ)ぬ

  轟然!砲弾炸(さ)くる瞬間に一気に馳する敵前五百

逆に、喪失感・無力感を出す結句字足らずの歌は極めて少ない。初句結句字余りの歌では、次の三例のように昂揚感が漲る。

日本民族の旺んなる力極りてこの地の果に旗高く翻る

  交通壕に埋められある屍(しかばね) を踏みつつ立てり潼関を眼の前に

  中條山脈の敵が生命(いのち)とたのみたる兵站線をここに断切りぬ

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中條山脈 (WEBから)