天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

呪われた従軍歌集(6/10)

 以下、場所、場面、事柄について、吟味する。日本を出発時に詠んだ心構えの歌。

聖戦のさまをつぶさに歌ふべき大き使命に思ひいたりぬ

日本歴史を劃(くわく)する大(おほ)御軍(みいくさ)に従行く吾の行方(ゆくへ)は知らず

大伴家持越中守として赴任した際のことを詠んだ長歌の冒頭、

  天離(あまざか)る 鄙(ひな)治(をさ)めにと 大王(おほきみ)の 任(まけ)の

  まにまに 出でて来(こ)しわれを送ると ・・・

を想う。      

出征する兵士たちには、文庫本の『万葉集』や斎藤茂吉の『万葉秀歌』を持っていく者が多かったようだが、小泉苳三は、少しちがった。

  黄海を進みゆく船の船室にわが讀みてゐる東亜聯盟論     

使命感と生真面目さが伺える。上陸した北京では、

  手(た)づさはり氷上に遊ぶ少女等の霞める姿夕日の中に    

主観を抑えて静か。日本軍の統制下にあって、平穏であることを印象づける。宿営地や行軍の様子は、兵士の心情を汲んで涙ぐましいし、危険な行程であったことも分かる。

  地の涯の戦線にして妻のもとに金届けたしと兵の言ひ出づ

  幼妻家を守りてあるからに顧りみるなく戦ひて来ぬ

  鬣にひたと身を伏せゐる我の背をすれすれに弾飛過ぐる

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斎藤茂吉『万葉秀歌』