短歌における表記の効用(3/8)
◆ひらがな、カタカナ 3/4
部分義歯の装填をしてわがからだ冬晴れの中をあゆまむとする
『梨の花』
久しぶりにぱちんこすれどわづかなる高揚もすでになくなりてをり
処方箋もらひて帰るみちのべに枝垂れざくらはさそふがごとし
春宵一刻値千金のいまなれど消えぬめまひにわれはくるしむ
病院の行きにかへりに乗るバスにながれしづかな春の川みゆ
いただきに夏雲かかる筑波山見えてあたらしき死者のいくたり
教師やめて九年たちまち過ぎ去れり松葉牡丹のはなを見てゐる
手に入れし古書を開きてぞんぶんにさしくる春のひかりを吸はす
うつくしきをとめの顔を愛したる斎藤茂吉七十年のいのち
家の中に入り来し太き夜の蟻をつぎからつぎにみなころしけり
カーテンより朝光(あさかげ)の射す床上に猫のいのちはをはりてゐたり
いろいろのことがありたるとしつきや無二なるいのちつひにうしなふ
ほほゑみをうかべ近寄り習近平ひとことふたこと言ひたり夢に
わが祖父がたたかひたりし旅順攻防戦懐かしかりきふるきいくさは
餌(えさ)台(だい)に置きたるごはんつぶただ乾くすずめの数もすくなくなりて
たちまちに十首もできし歌なれど夏日(なつび)のしたにみるかげもなし
小津安の『東京物語』みるたびにおなじところでなみだがこぼる
みちのべに捨てられてある古タイヤに春の淡雪ふれるしづけさ