短歌における表記の効用(5/8)
◆漢字の読み・ふりがな 1/3
くらぐらと赤(せき)大輪の花火散り忘れむことをつよく忘れよ
『バルサの翼』
四月みなけぶれる花冠われら生きわれらまづしき棲家(いへ)かへてゆく
しのび入るはじめの夏の夜に献(おく)るどの髪切蟲(かみきり)もピンに刺されて
植ゑて来し一本の手 みちのくに青女子(あをなご)と呼ぶ村は眠りき
虹の脚ほのかにのこる午後三時泥沼のごとき人間(じんかん)にゐる
『廃駅』
人形のペンネンネネムは鼼(はなき)られ刖(あしき)られ頸(くびき)られ笞うたれたり
『日々の思い出』
馬の穴なにゆゑ馬穴(バケツ)水満ちてつくゑの上にありにけるかも
*「バケツ」は、bucketの日本語だが、その漢字表記に「馬穴」を当てたのは、
なに故か? と疑問を呈した。
大(だい)象と小(せう)象とゐたり大象の鼻しばしばも小象をうつ
鳥の巣のなかに眠れるコインなど照りはえをらむこの月(つき)映(ばえ)に
あたらしき水に触れむと巨(おほ)白(はく)鯉(り)雨の水面(みなも)にあらはれにけり
『草の庭』
切通しよりはしれる風は街上の犬糞(けんぷん)に吹くまひるなりけり
一閃に秋風(しうふう)はしる白猫(はくべう)のしろきかんばせも運命のなか
専売の塩あきなひし店の軒ふかくかげりて燕巣(えんさう)ふたつ
朝礼に迷ひこみ来し小犬(しようけん)に女子整列のしばし乱るる
いづかたへこころはまよふ春蚕到死絲方盡(はるのかひこしにいたり
いとやうやくにつく)
しらゆきの富士の高嶺(たかね)はのぼるときこの上もない単簡なやま
『静物』
*「単簡」は、簡単に同じで、主に明治期に使われた語。
ひとたびに上杉鉄砲隊が銃(つつ)うてばわが現身(げんしん)に音はじけとぶ
*「ひとたび」には、「同時」の意味がある。「現身(げんしん)」と読めば、現世にあるこの身、という仏教用語になる。
あしたまで治らねばならぬ風邪(ふうじや)あり 逼迫すれば必ず治る
つんつんと黒松苗木ゆれゆれつせまる雨脚(うきやく)におどろきながら
見上げては犬類(けんるい)ワンと吼える間をつなわたりびと進みつつあり