身体の部分を詠むー歯(1/3)
歯は多くの高等動物が持つ咀嚼するための器官で、生命維持には欠かせない。
歯の状態によって我々は、人生の進み具合に思いをはせる。また幼子のかわいさが歯に象徴されることもある。
うつせみの生(いき)のまにまにおとろへし歯を抜きしかば吾はさびしゑ
われを恨み罵りしはてに噤(つぐ)みたる母のくちもとにひとつの歯もなき
かりかりと噛ましむる堅き木の實なきや冬の少女は皓歯(しらは)をもてり
葛原妙子
清潔に一生とほさむ歯ぎしりもぼろぼろとすでに前歯朽ちたり
坪野哲久
*「清潔に一生とほさむ」ためには、「歯ぎしり」して我慢したことがいかに多かったかを下句からわかる。
頭はげし父より歯のかけし母親を老いたりとわが子供らは言ふ
柴生田稔
歯を直すどころではないとわがまこと言ひけむか妻は覚えてをりつ
柴生田稔
粥を待つ小さき口に歯の二枚あらはに吾児は掌をうちまてり
小名木綱夫
空をゆく花束を見ればさもしくなり歯を鳴らすわれは獣(けもの)のごとく
宮 柊二
*さもしい: 心が卑しい。あさましい。
吾が知らぬ行為ぞさびし白梅の蕾とふふむみどり子の歯も
相良 宏
もの言えば白き歯が見ゆ生えそめてはつはつ見ゆる白き吾子(あこ)の歯
村野次郎
*はつはつ: もの事のはじめの部分がちらりと現われるさま。ほのかに。