天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー歯(2/3)

  苗代の泥濘の中にひと日ゐて日の沈むころ虫歯が痛む

                        板宮清治

  白き糸 糸切歯に糸きる姉のうつむくは首討つにたやすきすがた

                        水城春房

*糸切歯: 糸をかみ切るのに用いるところからきている。犬歯とも言う。

 

  抜けし歯をつぐなふこともなき月日ものぐさはまた老をふかめゆく

                        木俣 修

  磨く歯もなくなれる口をもてあます寒朝をひとより早く眼ざめて

                        木俣 修

  寝(い)ねんとして外す入歯(いれば)は怪(け)のものかたましひ持たぬ

  銀(しろがね)ひかる             木俣 修

*口から外した入歯をじっと見ているときの感想。

 

  満口に泡立たしめていまみがくところを義歯とおもふ感情よ

                       上田三四二

  前歯もて手袋を脱ぎししぐさなど思はれて恋ほし雪の降る日は

                        大西民子

*離婚した夫と共にあった昔の夫のしぐさであろう。

 

  アルプスのごとく尖りし歯で笑ふ子の描きし母も教室も夏

                        青井 史

  ん万円かかるとふ歯に観念し残る吾が世の付加の価値とも

                        千代國一

  抜けし歯のごとく炎天に投げ出されわがうつそみは歩きだしたり

                        渡辺松男

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糸切歯