わが歌集からー母(1/2)
母の病状 六首
自動ドア開きて入りし癌研のロビーは無人の夏の夕暮
小説と三鬼の句集とどけたり癌病む母の憂さ晴らさむと
わが訪へば饒舌になる母ゐます癌研究所北の病棟
気丈なるゆゑに全てを告げられし医師のことなど母は語りき
出張のかたはら見舞ふ癌研の母の個室に俳句の話
聴診器持つ孫のこと句に詠みて入選せしを母は喜ぶ
子の名義惚ける前にと送り来し母のにほひの貯金通帳
見送る(一) 八首
杏林大医学部付属病院の外科病棟に母は息継ぐ
ふた筋の点滴の管ひと筋の排尿の管 身体に挿して
胃の中に潰瘍二つあるゆゑに横隔膜に膿たまりしと
時折は意識の冴えて子と知れどそののち沈む深き眠りに
最近の孫や曾孫の写し絵を渡せば飽かず見つめてゐたり
答へるに発語かなはぬもどかしさ喉に手をやりその旨示す
鶏がらのごとき手足のむごければタオルケットを被せて摩(さす)る
二種類の点滴のみに生き延びて意識残れる母をかなしむ