わが歌集からー妻(3/4)
御仏の前去り難き妻おきてわが涼みゐる石のきざはし
妻は麦酒われは老酒飲みながら子の話する焼肉の店
たのしまぬ男となれる我とゐて御仏を彫る眼鏡の妻は
乳濁の霧の中ゆくゴンドラに二人となりて妻ははしゃぎぬ
それぞれ顔の映れるガラス窓鰻食ひゐる彼岸夕暮
ひたすらに鰻重食へる老夫婦言葉交はさず食ひ終りたり
一缶の麦酒に酔へば口さがなしわが後頭部の禿(はげ)を妻言ふ
いにしへの風の残れる金堂に妻と見上ぐる大日如来
仏像を彫る妻のため木材を買ひにきたれり秋川渓谷
真つ直の材は少なし御仏を彫らむと探す太き材木
出稼ぎの象の背中にふたつ揺る妻の日傘とわが夏帽子
わが担ぐバッグに妻が付けくれし小さきお守「除災招福」
飯炊けと妻に電話す小田原のうるめ鰯と梭子魚(かます)の開き
半年を妻の手に彫る慈母観音嫁に見せむと気負ひしものを
年金のしくみを妻が言ひ立ててこの先もまだ働く靴は
アマリリス妻の買ひ来し球根はあさなあさなに茎を伸ばせり
黒玉子一つ食ぶれば七年は寿命延ぶると妻二つ食ぶ
狂言(たはごと)か逆言(およづれごと)か暗闇にわれは叫びて妻を起たしむ
損失の言ひ訳として今までの儲けの一部妻に渡せり