わが歌集からー魚類(3/7)
鰻 13首
人身事故のありしを知らず妻が待つ鰻食はむと鎌倉駅に
われもまた鰻を好む性なれど日に二度まではためしなかりき
漬物と鰻と原酒うまき故わが幾たびも来しこの鰻屋に
ひたすらに鰻重食へる老夫婦言葉交はさず食ひ終りたり
乙女ひとり鰻屋に来てうなぎ食ぶその父祖思ふ春昼下がり
あらたまの原酒を酌みて鰻食ふ常連として鎌倉の谷戸
少年期うなぎなまづを釣りし川丸太の橋はすでに架からず
空調の効かざる部屋に扇風機ぶんぶん回りうな重を待つ
五位鷺が木末にとまり見下ろせる鰻棲む池浜松あたり
一年に六十八回うなぎ食ふ昭和三年の斎藤茂吉
養鰻の池さわ立てり春(はる)朝(あさ)の影きはやかに鷺のはばたく
老女ひとりうな重とりてぢつくりと味はひつくす昼の時の間
鮎 10首
森深く水青む川若鮎は翡翠につきし苔を食みゐる
アマゴ、アユ、イワナを食みて時忘る清流に棲む古代の魚は
水槽の五線に掛かる休止符のタツノオトシゴ唄ふヘコアユ
産卵を終へて流れに身をまかす落鮎あはれ夕映えの色
落鮎を獲りゐし鷺の群はなく冬の朝日に締まる川原
老人の落鮎釣りの囮鮎仲間一尾をつれてあがりく
いふことをきかなくなりし囮鮎岩陰に入り竿たはめたり
この川に命をつなぐものの数アユの溯上を白鷺が待つ
狩野川の鮎解禁の日に遇ひて小ぶりの鮎の塩焼きを食ぶ
鰯 9首
ナブラ来る三陸沖に鰯撒くをさなき顔の腕たくましき
入生田(いりゆうだ)にうるめ丸干購ひぬ地球博物館を出で来て
ぶつ切りのさんま、いわしを七輪に炙りて食はす春野島崎
死ぬまでを泳げば時にあくびする口大いなるマイワシの群
飯炊けと妻に電話す小田原のうるめ鰯と梭子魚(かます)の開き
キラキラと子鰯釣れる大磯の埠頭に立ちて夏を惜しめり
海荒るる腰越に買ふ看板のたたみいわしと釜あげしらす
今の時期カタクチイワシ釣れるらし鱗ちらせるアイスボックス
海老 6首
小海老食むマツカサウオの顎光る水族館の夜の水槽
白髭の長きを振りて世を探る体透きたる牡丹海老はも
海上に嵐のくれば伊勢海老は一列なして砂地を逃ぐる
更紗海老、乙姫蝦も伊勢海老も魚寝静まる夜を出歩く
時たまに手足わらわらそよがせりパックの中の活き車海老
海産物問屋丸代商店の生簀に沈む栄螺伊勢海老