喜怒哀楽のうた(1/4)
喜怒哀楽は人間の感情の基本的要素であり、したがって短歌表現の基礎になる。
本稿では、喜怒哀楽のそれぞれについていくつかの歌語事典の中から、例歌を集めてみた。なお歌にはそれぞれの感情の起因が明らかでないものもあり、感情を抱いた時の周囲の情景を述べる場合もある。
喜び
蟋蟀の待ち喜ぶる秋の夜を寝るしるしなし枕とわれは
万葉集・作者未詳
*「しきりにコオロギが鳴きたてるせっかくの秋の夜長なのに、枕を抱えて独り寝するしかどうしようもない私。」 (万葉集ナビ による。)
よろこびをくはへて急ぐ旅なれば思へどえこそとどめざりけれ
詞花集・源 俊頼
巻々をかざれるひもの玉ゆらもたもてば仏よろこび給ふ
喜を知らぬ性格の成立ちをかへりみることも稀(まれ)になりたり
よろこびを待つ象(かたち)して夕空の茜にすかす双(もろ)の掌(てのひら)
木俣 修
私(ひそ)かなるよろこび事ぞ空箱を解体し釘のたまりゆくとき
田谷 鋭
生きてゐてよろこびなしといふなかれ春には春の花咲くものを
筏井嘉一
生きるよろこびしみじみおもふ冬空が黄に夕焼けてうつくしければ
結城哀草果
身を浄くたもつよろこびしくしくに秋の夜ふけて匂ふ木犀
穂積 忠
よろこびの余燼(よじん)のごとき蝉のこゑ聞きゐる吾はこころ弱きか
佐藤佐太郎
よろこびがそこにあるかとためらはず行きけり一つの道を選びて
安田章生
あたらしきよろこびのごと光さし根方あかるし冬の林は
みどりごがこゑ出すことをおぼえたる覚えはじめのよろこびの声
長沢美津
喜びのひばりを生みしあたりより風立ちて新緑の春山ゆする