天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成七年「荻原」

  荻原の葉末のまろき巣に生れしカワネズミの子等秋風をかぐ

  伐採の山を追はれし鹿なるや入江の家の芝生食みゐる

  雲の棲(す)む国メガラヤの少女等は水を背負ひて斜面を登る

  波の穂に黒き人影立ち上がる秋の日射の茅ヶ崎の海

  山鳩は社の鳩になじまざり枯木林にくぐもりて啼く

   下山せし里の山路の野仏の胸の下りし赤烏瓜

  奥尻島小学校に寄贈せしピアノに向ふロシア人ブーニン

  しるしなきトルストイの墓椎の木の大きがそばに青く眠れる

  収穫の秋の大地に輝けりロシア寺院の青き丸屋根

  利鎌月かかりて赤きジャングルのジャガーは牛に忍び寄りたり

  恐龍の卵の化石海岸に露出してゐしペルーといふ国

  真四角の網を作れるメダマグモ投網打つがに網をひろぐる

  灼熱の陽に立てる身の影の中駄鳥の母は雛を眠らす

  蜜蜂の花の在処を教へゐる八の字運動をテレビが映す

  森をゆくヨットの列かハキリアリ年一トンの青葉を運ぶ

  蓮取りし跡の池の面口開けて波紋たてゐる金色の鯉

  御仏にカメラ向くるを禁じたる貼紙の門冬の陽翳る

  布団干すマンション多き東京の空を飛び交ふ鳩と烏と

  廃棄物積みしトラック登りくる山見下して烏群舞ふ

  黄葉の影の明るき池の面をかすめて飛べり美しき翡翠

  朝の日に枯葉かがよふ丸の内師走しみじみ仕事をせむか

  深海の暗きに棲みて絶食に耐ふる古代魚シーラカンス

  朝靄の中に鶏・象の影ジャスミン・ライスの稲を刈る人

  銭湯の煙突高きに潜り込む父の命の綱を子が持つ

  山紅葉古墳時代の横穴の墓場の谷に百舌鳥鳴きしきる

  くわうくわうと巨船のごときビル明りコンピュータと人と働く

  父と子の煙突掃除職人は一番風呂に背を流し合ふ

  ふる里の村遠きかな電話機に百円硬貨を次々入るる

 

       象と人間   六首

  象の仔の川を渡れぬ悲しさの声に戻り来親象の群

  水牛の角笛鳴れば象使ひ象に跨り野に集ひくる

  象祭サッカーゲームに拍手湧く象使ひの村スワイ族住む

  朽ち果てし仲間の骨をいとほしむ象の巨体の鼻のやさしさ

  稲刈の季節過ぐれば象使ひ象を伴ひ出稼ぎの旅

  象連るる出稼ぎの旅芸を売る象使ひは今札幌をゆく

 

  群雲のごとくに頬白渡りくるサロベツ原野に雪降りしきる

  海青くなつめ椰子の木並び立つ逗子マリーナに春風が吹く

  ワイナリイ葡萄(ぶだう)畑の碑を読めば「ワインは詩なり」夕陽の映ゆる

  山路きて蜜柑林に出会へれば蜜柑ふたつをいただきにけり

  釣糸のはつか巻きつく片足のユリカモメ佇つ北風の岩

  ライダーはいづこ浜辺に捨てられし黒きフルフェース冬日に濡るる

  深き海に逃れ棲みゐるオーム貝アンモナイトの末裔といふ

  湧く水の清きに棲める二枚貝ミヤコタナゴの卵育む

  小海老食むマツカサウオの顎光る水族館の夜の水槽

  育てたるサラブレッドを売りにゆくトラックに泣く牧場の妻

  飛行機に四十時間船四時間アウエッチとふ裸族住む村

  ひたすらにおのが影打つボクシング鏡の前に立つは何者

  飼ひ主を亡くせし犬とみなしごの少女が地震の跡に座れり

  宣告を受けし血潮の冴え冴えとHIVの患者起立す

  弱りては巨石によりて精霊の力受くとふ山の民はも

  泣き叫ぶ百万人の集ふ原赤銅色の像のそびゆる

  中国もロシアも黒き手を持つと核の解除を拒む制服

  目には目を町の廃墟に火を焚きて手をあぶりゐつチェチェンの子らは

  水草の茎を掘り合ふ白雁の群れに一羽の見張り役をり

  報道の名のもと女性アナウンサーののしられつつ取材続けき

 

       海を恋ふ   六首

  気まぐれに乗りし汽船は初島の海底噴火の海を渡れり

  春の潮寄する浜辺に母と子が白き兎を遊ばせてゐつ

  白髭の長きを振りて世を探る体透きたる牡丹海老はも

  海上に嵐のくれば伊勢海老は一列なして砂地を逃ぐる

  海草の小枝に尻尾からませてタツノオトシゴたゆたひ眠る

  原産は喜望峰とふ案内板極楽鳥花を初島に見つ

 

  ゴビ砂漠まばらに生ふる茨科の草花を食む羆棲みたり

  冬水のしむ地下水脈を掘り当てし熊の爪痕ゴビの砂漠に

  ゴビ砂漠大き羆が国境の荒野をゆけり陽炎の中

  騎馬隊の突如現わるるゴビの山国境警備のモンゴル兵士

  ゴビ砂漠シャル・フルスタイ・オアシスの秋に見つけし羆の母子

  アルテミア原始の海老は高原の湖に耐久卵を抱けり

  雪国の母を見舞ひし妻の留守春の岬にひと日遊べり

  年輪を数へてみれば二百越ゆ道を塞ぎて伐られし大樹

  冬枯れの木立に懸かる葉重ねの丸き巣穴に姫鼠棲む

  地吹雪の夜にやどりし霊魂の樹氷は山に群なして立つ

  拉致されし一家の祖母は孫のため入学式のランドセル買ふ

  残照に染まりて燃ゆる桜島大根畑に闇の迫れり

  蚤の市古レコードの箱にあり三橋美智也の「哀愁列車」

  九ちゃんと通行人に呼びかくる九官鳥は寂しきろかも

  山路ゆく郵便バイクを追ひかくる雉子の生ひ立ちかなしかるらむ

  憲法戦争放棄を信ぜざり不戦決議を急ぐ政治家

  琉球首里城門のシーサーはペルセポリスの獅子の末裔

  改宗を迫りしといふ拷問石日向の里に石積み残る

  あを桐の苗を配りて語り継ぐ被爆の町を生き延びしこと

  酢の雨に緑の肌のただれ落ち白骨さらすシュヴァルツヴァルト

  椎の実も向日葵の種も地に埋む山雀なれば島青きかな

  山深き里の川の瀬霧立ちて落ちゆく鮎の姿隠せり

  父島にはつか残りて白々と花弁震はすムニンノボタン

  原爆に爛れし肌に淡き芽の吹く桐の木の命なりけり

  日に向ふウミイグアナは動かざり日の昇る時日の沈む時

  絶海の孤島に波音聞いてゐるイグアナの背にイグアナの手

  日曜版読みつつたどる坂の辺に郷の匂ひの菜の花咲けり

  泥くはへ飛びくる燕マンションの白き廊下を今年も汚す

  ブナの樹の網状根は隆々と崖をつかみて幹を支へき

  黒潮に長き流れ藻ただよへばその下陰にハナオコゼ棲む

  虫棲まぬ植物園に朽ち果てつうつぼかづらの食虫袋

  悩み深く鳥居くぐればあざ笑ふ烏はトタンの屋根を歩めり

  霧雨の五合目に立つ馬濡れて人を待ちゐる瞳やさしも

  ダケカンバ黄に燃えたてる山肌の富士六合目雲噴き下る

  熱燗を注文せしがぬるかりき煮付け南瓜の上の山椒

  忍野村けやきの梢を風渡る朝の机に読む宮柊二

  躁に近きわが性なれば欝に近き柊二の歌を身ほとりにをく

  葉桜を濡らして光る雨露の美しとゆくわがひとり旅

  アジサシは卵抱きて動かざり砂地に迫る雨期の川水

  地雷踏みし人運ばるる病院の裏は手足の墓場なりけり

  美しき青き胸鰭魴鮄(はうぼう)の鎧兜が海底を這ふ

  チョモランマ北東稜を登りゆく日本人をテレビが映す

  湧水の清きに生ひし水掛菜天麩羅によし漬物によし

  妻の買ひし小さき鉢の蟹仙人掌書棚に小さき赤き花点く

  大木に叱られてゐる気持ちしてひとり佇む古都の裏山

  冬眠の間近き森の草原に羆座りて天を仰げり

  古城映すロワール河に鳥渡るフルートの音の牧神の午後

  つれあひを求めて競ふ郭公の声のとび交ふ青き湖

  葉表の刺に二回目触るる時蝿取草の葉は閉ざさるる

  奪はれし外套恋ふる幽霊のさまよひし町ペテルブルグは

  ギフチョウは真珠の卵産みにけりヒメカンアオイの葉裏に光る

  葉桜となりし老樹を養へる命の水か幹に滴る

  空重く赤きいらかのチェコの町屋根を修理の男が動く

  透明のギヤマン水母ゆらめくも命のありど見当らずけり

  手作りの文机の上に置かれたる雨情の眼鏡梅雨に曇らず

  借財を返さむとせし植林の山に作りし「七つの子」の詩

  妻も子も故郷に置きて帰らざり天与童心の旅の一生

  ふる里の小学校に贈られし雨情の言葉「天与童心」

  蜘蛛の糸一筋光る銅像ショパンの顔に悩み深かり

  池の面に燐光ふたつ水尾ひくは闇夜を泳ぐカモノハシとぞ

  布付けし杖を振り振り老人が鵞鳥の群と野道を帰る

  若き頃住みし社宅のなつかしき蔦這ふ壁に暗き窓あり

 

       日本語大辞典   七首

  出張の旅費の余りにプラスしてつひに買ひにし重たき辞典

  定価にて買ひし重たき大辞典袋に提げて汗かき帰る

  細長き机を覆ふ大辞典あ行より見るあいなめあしか

  あいなめは全長およそ四十センチ海藻多き浅海に棲む

  あしかの項引けばカラーの写真ありその横足利尊氏座る

  人類の知識はここにきはまれり辞典を置きし机のきしむ

  別売りのCD・ROMとふ電子辞書ちひさき薄き円盤なりき

 

  社会主義去りて陽気なルーマニアマクドナルドの店の混み合ふ

  東雲(しののめ)の空かがよへば背伸びして樹上に目覚むサバンナの豹

  見上ぐれば首をすくめて身じろげり燕の子等のうたた寝の刻

  浜つたふ老人の背にかつがれし箱に眠れる文弥人形

 

     大台ヶ原   六首

  九十九折二時間半を太陽に近づきゆけり大台ヶ原

  家のこと雀の子のことかしましくしゃべりし少女バスに眠れる

  我ひとり夕食につく相宿の林間学校の学習の声

  夕暮れて大台ヶ原に雲湧くも大部屋にひとり飲む缶ビール

  大部屋に隠れてゐたる大き蛾よわが点けし灯に鱗粉を撒く

  ゴンゴンと窓に頭を打ち灯を慕ふ大台ヶ原の黒き蛾の群

 

  注連はりて祭迎ふる古き家の垣根を黒き蝶の訪ふ

  蛤を腕に壊して肉を食むシャコはジュラ紀の姿そのまま

  ベンガルの虎はかなしも囲はれし森に争ふ狭き縄張り

  瘤となる軍隊蟻の蟻柱内に女王と子供を囲ふ

  ジャッカルの群に囲まれ倒されし仔牛見返り去る母牛は

  川の面に朝靄立てり勤め人は欄干赤き橋を急ぐも

  五十年戦なき世の退屈に鬼の眠れる闇羅生門

  夏木立西行庵は小さかりき座禅組みたる木像ひとつ

  信心をすすむる信徒辻に立つ世紀末の世今も昔も

  チェーンソーの音の湧きくる杉木立西行庵を間近くにして

  青首の孔雀の雄は老いにけり羽根ひろぐれど雌は過ぎゆく

  窓際に指もて髪をすく少女恍惚として電車は走る

  かたくなに日に背を向けて目つむれり朱鷺のミドリのありし日の影

  上半身裸になれる浮浪者の木蔭に憩ふ足裏白かり

  ヒマラヤの空に光れる鶴を見し登山家ひとり行方知れずも

  カカポとふ翔べざる鳥の雄の声月夜の森を低く渡るも

  死して後わが白骨は海に撒け山野に撒けと妻を困らす

  片腕を切り落されし鬼逃ぐる和紙の貼り絵の山上げ祭

  マダガスカル帽子を選びマニキュアに凝る薔薇族は雨傘を持つ

  ずん胴の幹に縮れ毛枝生ふるバオバブの木は原始の巨人

  舗装されし道横断のカメレオン片手片足上げてためらふ

  なに故にみな海を背に佇ちをりし島のめぐりのモアイの像は

  桃太郎の歌口ずさむ子等ありきミクロネシアの珊瑚の島に

  ごみ箱のあればのぞきてゆくもありプラットフォームの朝の人波

  砂浜の裸足の跡をたどりきて寝ねたる黒きサーファーに会ふ

  子供等の去りし公園しやべりゐる胸毛少なきオウムかなしも

  妻と酌む麦酒一本新香を噛む音のする鰻屋の昼

  空海の八十八ケ所霊場をたどる遍路はみな死装束

  猟銃を肩に無線機を手に持てる迷彩服と尾根に出会へり

  再建とふ人員整理の強風に倒れし人はやさしかりけり

 

     魚族   七首

  縞泥鰌沢蟹針魚油鮠水穂の国の湧き水に棲む

  湧く水の藻の揺籃にたゆたへる針魚(はりよ)の稚魚の命透きたり

  ゆたかなる水穂の国や川底に鰻の棲みてあくびする夏

  空海の唐の土産のほら貝や吹かば印度の青き海鳴り

  二千年周期に地球を巡りゐる光とどかぬ深層海流

  はるかなる時を泳ぎて孤独なり神楽鮫とふ太古の魚は

  今頃は秋鯖太き跳ねてゐむ青旗立てし沖の釣船

 

カワネズミ