天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成二十四年「宇宙と素粒子」

     宇宙と素粒子   八首

  人類の叡知美(は)しくも怖ろしきE = mC2

  豚が走り牛がさまよふフクシマの原発避難地区を映せり

  理論とはシナリオのこと現実の観測結果と辻褄の合ふ

  原始、力は一種であったその後の宇宙膨張につれて分岐す

  相対性理論古典力学もつひに為し得ぬ力の統一

  相対性理論の根拠崩るるか光速越えしニュートリノありと

  寿命きて人工衛星落下する地点はづれし日本の安堵

  ありし日の職務思ひて胸せまりさしぐみ読みぬ『下町ロケット

 

     相州大山に登る   八首

  看板の黄の地に書ける黒き熊出没注意の文字も怖ろし

  雨降らば激つ瀬となる山道の岩をつかみてわが登りゆく

  秋の蚊の羽音厭はし若からぬこれのわが身の血を欲りてくる

  丸太組む段差高きにあぎとひて道なかばなる坂を見上ぐる

  富士見台二十丁目にわが到り富士を望めど霞が隠す

  金網に若き植樹を囲みたり鹿の被害のすごき大山

  燃え立ちてもみぢ迫れる本堂にゐますくろがね不動明王

  稜線に没日かがよふ大山の樅はひときは暗みけるかも

 

     湯立神楽   八首

  宮司らが笛・締太鼓・大胴をうちはやしつつ音合せせり

  洗米を扇にのせて鈴鳴らし四方(よも)に米撒く初能(はのう)といふは

  様式はかくのごときか鈴(すず)幣(ぬさ)をふれば寄り来る天地(あめつち)の神

  火の神と水の神との結びつき熱湯なるを桶に湯上(ゆあげ)す

  神前に供へられたる神酒赤飯人に分かつを中入(なかいり)といふ 

  釜の湯を御幣の串で掻き回し湯華を見ては年をうらなふ

  招かざる八百万神に米ささげ四方を鎮むる大散供(だいさんく)の舞

  剣を持ち二本の指に九字を切る天狗は赤き面にて舞へり

 

     新春雑詠   八首

  あらたまの年をことほぐ沖つ波白馬の群となりて駈けくる

  南天の朱実のひかる奥に立つ不動明王 パワースポット

  天地(あめつち)の境にうかぶ釣舟のかげろふが見ゆ正月の朝

  年金に暮せる人ら登りきて写真撮るなり富士と菜の花

  年末の忍野に買ひし虹鱒の甘露煮を食ぶ小寒の朝

  藪陰をうつる笹子の鋭きこゑに霜柱ふむ里山の道

  常ならぬ光まとひて並みよろふ丹沢山塊雪積める朝

  水受に薄氷(うすらひ)はれる一月の供花鮮(あたら)しき高瀬家の墓

 

     宇宙と素粒子(続)   八首

  脳の重さは軽い方なり神経の密度高きがアインシュタイン

  計算にブラックホールの存在を明らかにせしチャンドラセカール

  光速に近き陽子の衝突に見出さむとすヒッグス粒子

  素粒子の速度抑へて質量が生まるるといふ量子力学

  国境を越えて作れる円形の巨大加速器陽子飛び交ふ

  原始宇宙は九次元のひも三次元のみ膨張のビッグバンといふ

  ニュートリノひかりと競ふその速度計測誤差をいかに見積もる

  時空間のなき無の世界想はむと坐禅組みたり書斎の床に

 

     きさらぎやよひ   八首

  如月の十日すぎても梅の枝の莟は固くくれなゐ閉す

  大杉の切り口につむ薄雪のかをりかなしき如月の朝

  子に代り合格祈願に来し親か長く手合はす荏柄天神

  古民家の座敷における雛壇の三人官女のくちびるを恋ふ

  垂直にロープ垂れたり梅林を眼下にしたる柱状節理

  看板は猿に注意と告げたれど姿見ざりき杉花粉とぶ

  相模野にさくら菜の花咲き満ちて彼岸の人をたのしませたり

  冬型の気圧配置となりにけり風にをののくかたくりの花 

 

     軍港めぐり   八首

  ミサイルの標的なれば原発の位置あらはなる国を危ぶむ 

  フェーズド・アレイ・レーダー一基五百億円艦船よりも高価なりけり

  ミサイルの積み下ろしする艦船は横須賀港の沖に泊りて

  空を飛び海に着水せし後は魚雷になるとふミサイルはあり

  無造作に埠頭に置けるミサイルの白き箱見ゆわが自衛隊

  核弾頭にあらずや 沖に積み下ろすミサイルありとガイドは言へり

  百発のミサイル来れど見分くといふイージス艦のたのもしく見ゆ

  自衛隊初の女性艦長のつとめし艦は「わかさ」といへり

 

     斎藤茂吉展   八首

  生れしより百三十年をけみしたり斎藤茂吉展のにぎはふ

  杉に傘、背をあづけたる茂吉翁ノートに歌を書きつけてをり

  一年に六十八回うなぎ食ふ昭和三年の斎藤茂吉 

  洋傘(かうもり)と極楽バケツ提げて立つ茂吉の右は結城哀草果

  「有閑マダム、ダンス教師とねんごろに」茂吉の妻も新聞に載る

  おそるべし独裁国家の宣伝もしのぐほどなる『萬軍』の歌

  回廊のソファに聞くは抑揚に山形なまりの朗読のこゑ 

  両の手に包めるほどのデスマスク 白く残れる茂吉の面輪

 

     西行を訪ふ   八首

  わが記憶あひまひなるを正さむと年たけて訪ふ小夜の中山

  尋ね来て車を停むる茶屋の跡道の辺に見る西行の歌碑

  西行がたどりし道の両側に茶畑を見る小夜の中山

  大いなる蚯蚓が出づと大声に男指差す小夜の中山

  西行の足腰に及ばざりしかば足跡を追ふ電車、タクシー

  人あまた弘川寺を訪ふ時は花の季節か紅葉の季節

  梅雨に入る桜青葉の山蔭のまろき墳墓に西行を訪ふ

  西行と別れてバスを待ちをりし金剛バスの終点「河内」

 

     夏きたる   八首

  農道に沿ひて咲きたる紫陽花のあらあらしきが足柄の里

  梅雨晴れて遊行寺坂の歩道には作務衣の僧が病葉(わくらば)を掃く

  筆かまへもの書かむとする尊徳の銅像見ればわが心急(せ)く

  この夏の救助に備へ隊員は海岸沿ひに遠く泳げり

  心地よき梅雨の晴れ間の潮風に羽根ひろげたりブイに立つ鵜は

  確証とまでは言へねど衝突の後に影ひくヒッグス粒子

  断崖の谷吹きあぐる潮風に翼ひろげて鳶は浮かべり

  わが身には醸造酒より蒸留酒日本酒よりもウヰスキーが合ふ

 

     盛夏雑詠   八首

  日々つもるテレビの台の白き塵画面を見つつ今日も気になる

  海面は二、三メートル高かりき浜から遠き縄文遺跡

  遠目には石かと思ふ泥亀はわが足音に池に落ちたり

  殺生も辞さずとおける鼠捕り墓地の近くに僧は草刈る

  牛蛙啼けど気にせず少女らは絵筆に描く里山の森

  ザリガニを釣るにもルールありにけり持ち帰りても放つべからず

  雨近き空模様なる里山の小暗き森にひぐらしの鳴く

  わが生の残り時間を思ひをり白きレースのカーテンの窓

 

     残暑雑詠   八首

  八幡宮葉月の朝の階段を下りくる白き海自隊員

  義経がとどまり書きし言ひ訳の写し残れる腰越の寺

  鎌倉のそこここにある力石名ある武将が手玉にとりし

  立ち並ぶ家のはざまの公園の隅に残れる首洗ひ井戸

  際立つは蜂須賀連と阿呆連女をどりに血潮がぞめく

  里山の池の水面に亀浮きて秋の日差に目をつむりたり

  今更に理由(わけ)を知りたい読み方に違ひでてゐる大豆と小豆

  二宮の浜に坐りて沖見れば秋さはやかに潮風の吹く

 

     秋雑詠   八首

  相模線路傍にむれて青空に黄をかかげたるキクイモの花      

  それぞれが撮りし写真を見せ合ひて溜池の辺に翡翠を待つ     

  いくつかの虫の骸(むくろ)のしぼみたり腹の満ちたる朝のささがに     

  里山の秋は園児らひきつれて田の畦道の案山子見にゆく      

  渋柿の熟るるを待つか古民家に朝な夕なの白頭鳥(ひよどり)のこゑ      

  日曜の催事にそなへ金曜の朝より作る流鏑馬の馬場        

  移植せし銀杏大樹の切株の根方に赤き彼岸花咲く         

  実朝の首塚といふ石積が今に伝はる秦野の畑           

 

     見果てぬ夢   三十首

  東大の物理学科を卒業し物理学者になるを夢見し

  第五世代コンピュータの製造を担当せしが事業にならず

  定年を前に出向 開発の支援してゐし下請会社

  イチローの十一年目を応援す退職後の楽しみとして

  ケン・グリフィー・ジュニアを慕ひ成し遂げしMLBの大記録はや

  ヒット打つ毎に一たすICHIメーター セーフコフィールド右翼客席

  外野手三人集まりたれどイチローのみ屈伸運動してをりさみし

  打てざれば食事も咽喉を通らざる日のありしことイチロー語る

  たまに出る複数安打に昂ぶりて未だあきらめず二百安打を

  ツーアウト満塁にしてイチローの凡打にをはるゲーム落せり

  叶はざる夢を選手に托したり不調になれば怒り湧きくる

  近年の打撃不振の要因をさまざまに言ふ夜の居酒屋

  イチローを慕ひてゆきし川崎の道化かなしむメジロヒヨドリ

  目標を見失ひたるイチローの打率低迷最下位球団

  わが書きし『人工知能コンピュータ』かつて授業の副読本に

  三冊の本を執筆編集がわが人生の高潮期なれ

  ダルビッシュ最後の一人に選ばれしオールスターに和名はあらず

  イチローを応援するは虚しいよキリン、ユンケル、ENEOSDoCoMo

  観客は総立になり拍手せりヤンキースの八番打者イチロー

  イチローが十一年を守りにしセーフコフィールド エリア五一

  ICHIメーターの看板裏にサインしてファンの婦人に手渡しにけり

  イチローに別れを告ぐるシアトルのファンの涙のあつき夕暮

  「いい夢を見させてもらった」イチローの移籍に言へりアナウンサーは

  イチローの移籍は遅きに失せりとわがこととして張本勲

  ICHIメーター消えにしセーフコフィールドをさみしと言へり武田一浩

  ひと月の家賃三百二十万円犬「一弓(いつきゆう)」と夫妻が住みて

  四半世紀前に書きたるかの本がインターネットに売られてゐたり

  沢庵が辞世に書きし「夢」一字消えにし後をいかに生くべき

  関心は宇宙と素粒子 統一の理論夢みて本を読み継ぐ

  道の辺にわが残れりといふごとく柘榴はちらすその朱き花

 

イージス艦