天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが歌集・平成二十六年「超新星爆発」

     定家卿を訪ふ(五)   八首

  尋ね来し水無瀬宮址に碑を探すむぐら茂れる線路の脇に

  後鳥羽院、定家ら歌人の集ひける水無瀬の里は電車が通る

  正二位にのぼりつめたる喜びを「希代ノ珍事」と明月記にあり

  為家の嫁の実家を頼りては国司になるを相談したり

  大金を納めて国司になりたれどあがりのほどは当てにならざり

  装束の種類こまごま書き記す行事見る目の六十九歳

  勅撰集の選者請はれて逡巡す隠岐にをはせる院を思ひて

  超新星爆発と知る後の世に藤原定家の名も知られたり

 

     思ひ出す事   八首

  広島の山里に嫁ぎ三人の男の子育てし母京女

  東京に単身赴任の父なれば母の不満は我に向ひき

  盆暮に帰郷するのみその夜の母の涙に父を憎めり

  歳時記と国語辞典と便箋と癌病棟の母に手渡す

  月一回父亡きあとの寂しさの母を伴ふ「木語」の句会

  わが短歌母の俳句を寄せ集め本を編みたり『母子草』なる

  銀行の窓口に行きとまどへる母の振り込みひきとめられし

  孫の名をかたれる声にふためきて銀行に行きし母を叱りき

 

     定家卿を訪ふ(六)   八首

  仮名書きの序文に齢(よはひ)、地位も入れ名付けて新勅撰和歌集となす

  和歌を選る家のとなりに群盗の剣槍ぎらり月光に耀(て)る

  長命の先祖四十六名を書きならべたり長寿の定家

  それぞれが二十七人の子をなしぬ父・俊成と息子の定家

  『明月記』終りて後の小倉山別荘に選る百人一首

  三か所が候補地といふ「時雨亭」百人一首を選びしところ

  時雨亭跡とも伝ふ厭離庵定家塚とふ五輪塔あり

  縁結びを願ふ女があまた来る黒き鳥居の野宮(ののみや)神社

 

     羽生の金   八首

  あこがれはプルシェンコといふ髪型をまねて滑りしをさなき結弦(ゆづる)

  イヤホーンの音楽を口ずさみつつ羽生結弦は会場にくる

  サルコートウループある四回転 完璧なればコーチ歓喜

  ショートプログラムの史上最高点 総立ちになるソチの観客

  手を合せ画面見つむる女生徒の目にはたちまち涙あふれし

  金メダルとりし羽生に電話してあきらめざるを総理が讃ふ

  雪積みし駅前広場「号外」のこゑがひびかふ羽生の金に

  あづさゆみ春は結弦の季節なれワールドカップに早やも出でゆく

 

     定家卿を訪ふ(七・完)   八首

  時雨亭跡訪ふ山にしぐれきて歌を選びし定家しのばゆ

  小倉山時雨亭には朗々と歌詠むこゑの春のゆふぐれ

  後鳥羽院の怨みつらみを鎮めむと定家の選りし百人一首

  幾たびか住まひを換へて八十年病みがちながら定家生きたり

  今出川御門の向かひ左手に白壁長き冷泉の家

  冷泉の屋敷どうにか残りたり東京遷都に従はざりし

  霜月の公開の日を過ぎたれば堅く閉ざせる冷泉の門

  御所近く葬られたれば安からむ藤原定家の墓に手合はす

 

     跡   八首

  枯葦の囲める池の水際に羽根つくろへり二羽残る鴨

  春くれば天麩羅にする蕗の薹恋待莟(こひまちつぼみ)と誰か名付けし

  山犬に名前のありて早太郎人身御供の子供救ひし

  三重塔の前には山犬の石像ありて人あがめ見る

  いつもより七日は早き満開の桜見に来し高遠城址 

  絵島はや流刑となりし高遠のつひの住処の二十八年

  若葉なすケヤキクヌギにからまりてむらさき垂るる山藤の花 

  夢うつつ枕カバーの手ぬぐひを鉢巻にして叫ぶあかとき

 

     初夏を歩く   八首

  防風の木立の蔭に安んじて雉子啼きにけり赤黒き貌

  藤棚にわが近づけば熊ん蜂邪魔をするなとわが顔にくる

  つれあひを早やも見つけし初つばめ駅の広場を囀りて飛ぶ

  人嫌ひのわが性知るや近づけどまばたくのみに鴉は逃げず

  河骨の花咲くところ鯉どもの背のあらはなる産卵射精

  橋の上に若き女が屈みこみじつと見つむる生殖の池

  深々と海息づけば岩壁に潮(うしほ)は高くうち寄せにけり

  大木の楠の梢にくれなゐの若葉そよげり厳(いつく)しの杜

 

     秩父のおほかみ   八首

  鉄剣に刻める文字を読み解くに十年を経し最新科学 

  狼の痕跡は無し馬具、埴輪発掘されし古墳の中に

  火祭りの幟ながめてバスを待つさきたま古墳公園前に

  おほかみがそのかみ棲みし武甲山お花畑のまなかひに見ゆ

  花火かとふり返り見る武甲山発破の音に岩くづれ落つ 

  両神とふ狼犬に護られてヤマトタケルの登り来し山 

  狼の跡を訪ねて奥秩父三峰神社に鈴を鳴らせり

  おほかみが今なほ棲むと人の言ふ秩父の奥の三峰の山

 

     宇宙に棲む(一)   七首

  天の川オリオン腕の太陽系第三惑星地球に住まふ

  東海にありてかがよふくれなゐのタツノオトシゴ日本列島

  原発の稼働一基も無き夏を日本が頼る化石燃料

  近海に埋蔵量は多けれど採算合はぬメタンハイドレート

  原発を止めむとしつつ外国に原発売るを悪(ワル)と言はずや

  イノシシが見捨てられたる家豚を襲へり 生るるイノブタの群

  煙突の二酸化炭素閉ぢ込むる技術の前途いまだはるけく

 

     宇宙に棲む(二)   八首

  中学生の吾を宇宙につれ去りぬ澁谷東急のプラネタリュウ

  空間も時間もなかりし無の世界想像越ゆる宇宙の初め

  暗黒の宇宙にはじめて輝きし最初の星を見つけむとする

  人間の感覚にては感じ得ぬもののひとつにニュートリノあり

  ニュートリノ来ればかぼそき仄明かり地下深く置く重水タンク

  運の良き発見といふニュートリノ小柴博士は腹立つらしも

  光速に近き陽子の衝突に「神の粒子」を見つけむとすも

  次々に地上に落つる宇宙ごみ雲霞のごとく地球をめぐる

 

     宇宙に棲む(三)   八首

  日出づる処の天子と書きしより旗に現はる日輪(にちりん)の章

  泡盛の十年ものの一瓶をのこり如何にと灯に透かし見る

  立て膝の女を描きし歌麿の視線をなぞり宵を愉しむ

  『ワープする宇宙』を買ひてむつかしき余剰次元を理解せむとす

  観測のかなはぬもののふるまひを数式に見る科学といふは

  生と死を司る渦 銀河にもかたつむりにもその形見ゆ

  究極の宇宙の姿 物質なく冷たく暗き空間といふ

  待つことを心得てゐる犬らしく酒屋に着けば腰を下ろしぬ

 

     宇宙に棲む(四)   八首

  杖をつく朝の散歩は小太りの老いたる犬に引かれつつ行く

  簡明なる数式操作に納得し『宇宙白熱教室』を見る

  フィボナッチ数列になる渦巻を松ぼつくりに向日葵に見る

  三月(みつき)かけ蔓をのばしてのぼりきぬ二階の部屋をのぞく朝顔

  素粒子と重力いかに関はるか解答いまだ明らかならず

  この宇宙五次元以上と解すれば統一できる力の理論

  二兆年を経る頃といふ ことごとく消ゆる定めの宇宙の銀河

  KOBANの看板が立つ交番に「見回り中」の立札の見ゆ

 

     力石を探して   三十首

  説明もなく置かれたる石あればつやと形に見る力石

  中学生ふたりが吾を導きぬ小袋谷の力石まで

  鎌倉をめぐりて探す力石梅雨の晴れ間の今日は七夕

  つやめける「山神宮」の力石幾千人の手に擦(こす)れけむ

  すぐそこと言はれて歩く歩けども迷ひたるらし未だに着かぬ

  「大門」の立札下の力石大小合はせ四十六貫

  力石ふたつの横にレリーフの夫婦(めをと)祭神かそか笑まへる

  幅狭き鎌倉古道上(かみ)の道ハクセキレイの一羽走れる

  後三年の役はあまりに遠ければ兜松とふ名のみ残れり

  そのかみの若衆が力競ひけり今注連(しめ)張れる陰(ほと)形の石

  ドデカミン・ストロング飲みひと休み次の目当ての力石まで

  それらしく見えねば困る力石ためつすがめつ顔近づけて

  力石といふには大きすぎないか五郎十郎が身体鍛へし

  丸き石いくつもあれば台に載るものこそ力石と思へり

  Googleの地図をたよりに歩けども意外に遠しこの社まで

  持ち上ぐることが自慢の力石娯楽少なき村にしあれば

  無人なる境内に鳴くにいにいのかぼそき声に見る力石

  力石見つけて帰り家に飲む焼酎ロック甘露にまさる

  天神は高所の森にあるはずとそれを目当ての石探す道

  持ち上げて年占ひし力石あまた据ゑたり樟の木の元

  園児らの唄ふテンポの心地よさ浮かれつつ撮る力石三つ

  たすき石さし石とも言ひ持ち上げて天地神明に誓ひしといふ

  両手かけもち上げむとする力石小学生の父母が笑へり

  バス停の名の由来なる「ちからいし」個人の家の角に接して

  晴れがましき日には人々気付くらむ国旗掲揚ポールのそばに

  「力多免しの以志」とあるらし文字などは歳月を経て判読できず

  タクシーの運転手さんはロマンといふわが力石探す道行き

  真鶴は石の産地にありければ力石といふ苗字多しと

  ひとくちにロマンと言へど力石探す苦労もひとしほにして

  力石探して歩く功徳なれ足腰つよく若返りたり

 

時雨亭跡