天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが句集・平成五年「原生林」

      寒雲の燃えてなにやら力湧く

     銃一声野兎かけのぼる斜面かな

     自転車の白菜一つ揺られゆく

     入院の日を知らせくる冬の空

     青海苔を刈る浦波の朝日影

     凍てつくを青アセチレン鉄を断つ

     蓮枯れて鴨の航跡あらたなる

     付き添へば点滴の音夜半の冬

     黒猫や合掌造りの春の夢

     風邪の窓ひと日の色の移ろひぬ

     熱き飯大根おろしかけて食ふ

     一畳の茶席は冬の密議かな

     葱きざむ男手の朝炊飯器

     日時計や明石の浜の冬の鯛

     退院の妻を迎へて小正月

     ブータンに鶴渡りきて人踊る

     粉雪の降り初む空の暗すぎる

     薄氷を踏めば思案のふつと切れ

     珈琲の香や受験子を送り出し

     春一番サッカーボールを追ふ一団

     観梅や老いの集へる大茶釜

     明王の剣見上げて福寿草

     なにゆえにかくあをきうみ都鳥

     白魚を飲み込む喉の仏かな

     卓に置く葉書は島の春を告ぐ

     合格のキャンパス巡る親子かな

     北の春藁屑つけて濡れ仔牛

     土佐の春とりどりに鳴く鶏多彩

     草餅をほほばりてゆく岬道

     打込みし竹刀は胴に冴返る

     春の潮外国航路沖にあり

     夜桜や女を泣かす一人劇

     七輪の薬缶噴きをり梅の花

     白梅や朱塗り古りたる仁王門

     原生林少し残りて狸の子

     路地裏にハイヒール来て椿散る

     菜の花の一群残る造成地

     電光の照らす夜桜匂ひけり

     つるはしのくひ込む砂利の雪解水

     音沙汰のなき墓のあり花吹雪

     渡殿をゆきつもどりつ花菖蒲

     溶岩を噴き上げし島椿咲く

     身ごもれり夏草刈れば土匂ふ

     山笑ふ野に郵便車近づきて

     見捨てられいよいよ育つ葱坊主

     番傘の下の緋牡丹雨を聞く

     ボンゴレ浅蜊や雨のガラス窓

     吊橋や家族総出の初茶摘み

     鴨の子の生れて値札付けられし

     空重し大凧揚ぐる保存会

     首もたげまた寝る犬や葱坊主

     寸刻の彼岸を見しか尾瀬の虹

     喋りゐる燕一羽の孤独あり

     鴬や朱雀門より御所に入る

     天牛や行方定めて羽ひろぐ

     ケニア熱し断食明けて鷄食へば

     翻車魚のふらり五月の東京湾

     鯖寿司を提げて若宮大路かな

     眉白き老人麦酒を飲む木陰

     額の花少女のピアス揺れてをり

     土匂ふ若葉明りの澱む土間

     跨線橋走る男の夏の影

     夏草や風に和みて浮子を見ず

     水槽のぎあまん海月透けて見ゆ

     将門の首も見守る軽親子

     芝刈りの匂ひに初夏の母ありき

     入定の僧を看取りし夏木立

     稲の波いにしへよりのうねりかな

     河童忌の雨は祭を流しけり

     夜ふけての蝉の寝言や庭木立

     鎌倉やぼんぼり祭の闇の恋

     機は混みて北米大陸夏休暇

     谷おほふ葡萄畑の夕陽かな

     金網を入る夏雀獅子の檻

     夏草や明治の別荘無人なる

     梅雨晴間白猫顔を拭ひをり

     秋深し赤牛丘に咆哮す

     夏草やイグアノドンも見し空か

     くつろぎて亀の子浮かぶ読書かな

     包丁の鋼の音の夜寒かな

     渦つくる魚の口見る残暑かな

     鳩を追ふ幼子ひとり百日紅

     黒犬の長き舌出す残暑かな

     白壁の秋蝶夕陽に身じろがず

     竹箒門前秋の影を掃く

 

福寿草