天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが句集・平成十八年「滝口」

    滝口の見えざる山のもみぢかな

     ヘリコプター秋の朝日を侵したり

     

        もみぢ(五句)

     白菊に絹のひかりのありにけり

     白鳩のむつめるさくらもみぢかな

     池の面の落葉分けゆく背鰭かな

     焼き芋の声昼時のオフィス街

     銀杏ちつて足裏にやさし九段坂

 

     石仏の首みんなとれ秋の風

     夕されば夢見る東京秋灯

 

        落葉(五句)

     燈籠の影を伸ばせる落葉かな

     うづたかきけやき落葉や相撲場

     生徒らの声にききゐる日向ぼこ

     寒風に御霊屋の木々をめきけり

     高層のマンションの群寒波くる

 

     月光にささやく冬田藁ぼつち

     日の玉や冬西空に膨れ落つ

     すれちがふ電車無人の秋灯

     そこここに落葉が動く群雀

     うららかや日ざしに変る海の色

     冬晴の逆白波をもやひ舟

     大銀杏黄葉(もみ)づる時宗総本山

 

         淑気(五句)

     軍歌聞くふくらすずめの六七羽

     着膨れて一礼に去る鳥居かな

     天地の吹き払はれて淑気かな

     初雪や燈籠の列あきらけく

     雪しづり大樹の下のしとどなる

 

     葦枯れて水面青めり相模川

     梢みな天をさしたり寒の木々

     初雪の残れる闇のなまぐさき

     雪降るやあかり点せる写経場

     雪しづり水面にぎはふ橋の下

     文人の書画見る雪の文学館

     銭湯に車ならべる冬至かな

     江ノ電を待つ小春日の竹とんぼ

     菜の花や雲湧き出づる富士の峰

     立春の光あふるる伊豆の海

     春雨やお百度参りの碑は古りて

     薄氷の下に色あり命あり

     日出づる国初春の神楽かな

     春一番毛羽立つ波の由比ヶ浜

 

         春(五句)

     節分会みな頬張れる恵方巻

     パン屑に雀あつめる春うらら

     お御籤の梢垂れたり春の雨

     啓蟄や鯉の食欲さかんなる

     目が痒い春一番の杉花粉

 

     山頂に珈琲沸かす春の雪

     笹鳴の姿みつけし垣根かな

     流鏑馬の鬣なびく紀元節

     紅雲のたなびく梅の宴かな

 

        花の季(とき)(五句)

     開花まつ庭に軍犬慰霊祭

     咲きみちて堀になだるる桜かな

     花見客どつと笑へり猿回し

     高層の眠りを破る春の雷

     銅像の美髯もかすむ花吹雪

 

     流鏑馬の人馬一体春の風

     白足袋が床ふんまへる弓道

     山は不二花はさくらと岩に座す

     浮雲の縁かがやけり山桜

     銅像も誇らしげなる桜かな

     田安門出づればふぶく桜かな

     木の影のまだら模様やさくら餅

 

        若葉(五句)

     お御籤を桜にむすぶ同期会

     夜桜の吹雪の中や能舞台

     腰を抱く続きを見たし春の夢

     さまざまの花の姿やさくら草

     若葉萌ゆ地酒も売れる陶器市

 

     春光や朝をねむれる虎の縞

     掲示せる遺書にさしぐむ桜かな

     暁の春雷に夢破れけり

     遠くから見るこそよけれ山桜

     水音の谷戸はまぶしや金鳳花

     合格のお礼の絵馬や梅若葉

     回遊の鯉の背に降るさくらかな

     うぐひすや谷ひとつ越え如意輪寺

     早苗田の夕日がまぶし関ヶ原

     鎌倉の谷戸の山なみ山桜

     望郷の碑になみだぐむ初つばめ

     宮ヶ瀬の吊橋あふぐ鯉のぼり

     まづくぐる花の吉野の発心門

     谷わたる鶯そこに西行

     うぐひすや西行庵へ崖の道

     汗ばむやビルの谷間の本能寺

     薔薇香るガールスカウト銅像

     ハマナスに白き花あり走り梅雨

     鎌倉の海毛羽立(けばだ)つや青嵐

     さみだれや象舎にのぞく象の顔

     さみだれや孔雀は高き止り木に

     縁側に句帳をひらく額の花

     大輪の薔薇に近づくイヤリング

     ムクドリのあぐるだみ声さくらん

     ねそべれる犬にまつはり白き蝶

           白き蝶ねそべる犬にまつはれる

           見納めの薔薇苑に押す車椅子

           釣人に梅雨の晴れ間や酒匂川

           仙人掌の黄の花うれし梅雨の門

           托鉢の僧また出でゆくや夏木立

           緑陰や慈母観音を祀りたる

           み仏のたたす光や夏木立

           白秋碑梅雨のけぶれる城ケ島

           台風のきざす海鳴り鴫立庵

           友釣りの鮎を引き抜く川面かな

           釣り下手や力失せたる囮鮎

           岩陰に囮の鮎を沈めけり

           世にふりし宗祇の句碑や蝉の穴

           老鶯の笑ひ声する切通

           風鈴や仲見世通り飴を切る

           わが夜の窓にきてゐる守宮かな

           山門をくぐれば涼し坐禅

           蝉に尿かけられもする木陰かな

           巡礼の鈴鳴り止まぬ団扇かな

           文人の墓地にぎはふやほととぎす

           みんみんのここを先途と極楽寺

           酔芙蓉精進料理をはこび込む

           鳴きやみし蝉を思へり雨やどり

           緑陰や朝にひらく蚤の市

           鎌倉の喜雨山門のやどりかな

     コスモスや空手に先手なしといふ

     この寺に土牢ふたつ谷戸の秋

     ぎんなんのむれたる下の神楽かな

     裁定をまちて今年もつくつくし

     白萩を掻き分けてゆく奥之院

     鬱然とさるすべり咲き極楽寺

     無患子の実は青きまま秋の風

 

竹とんぼ