天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

わが句集・平成二十二年「運動会」

     楽湧き来山のふもとの運動会

     猫柳黒田清輝の湖畔なる

     実ざくろの笑ひひろがる梢かな

     干柿の影のつらなる障子かな

     門前の日曜画家や石蕗の花

     蜘蛛の囲の虫の亡骸日に揺るる

     山門の燈籠かげる紅葉かな

     首筋に剃刀当つる冬隣

     漂泊の雲ひとつゆく冬隣

     うち寄する波の白刃大晦日

     息つめて笹子の姿探しけり

     飛び立ちて人の驚く雉子かな

 

        秋が来れば(三十句)

     わが背丈越えて咲きたる紫苑かな

     萩咲きて鬱ふかまりぬ石畳

     鎌倉や作法どほりの松手入

     勤行の木魚の朝や彼岸花

     秋日差たたみ鰯の影うすき

     団栗に幼児思ふ山路かな

     青竹の根方に群るるほととぎす

     竿の先割って柿とる祖父の丈

     ひたき鳴く溶岩流の古りし森

     朝鳥の食欲そそる梅擬

     千年を四方にかをれり金木犀

     蟷螂が途方にくるる車道かな

     秋鯖の味噌煮つくるや妻の留守

     南天の実にあからむや墓地の顔

     紅葉を映せる池の白き鯉

     秋雨に選仏場のやどりかな

     空井戸に落ちて友待つ秋の暮

     栃の実と灰掻き混ずる皺手かな

     火にくべて胡桃の殻に飯を炊く

     足裏に落葉やさしき女坂

     集落を守る間垣や虎落笛

     冬麗の樟高き空足湯せり

     笹鳴の山路に日の斑つらなれり

     魚跳ねて跳ねて朝日の冬の海

     黒潮の潮目きはだつ師走かな

     藁打つて長靴編むや囲炉裏端

     傘さして雪の峠に祖母が待つ

     雪掻くや午前三時のブルドーザ

     水仙の花咲きおもる岬かな

     牛飼が雪解け道に牛を追ふ

 

     腰落し糞する猫の寒さかな

     左義長の終りて波の音高し

     夢枕妻は手毬をつきてをり

     蛤が潮吐く古き新聞紙

     をさな子がおさかなと書き筆始

     托鉢の僧息白く立ち尽くす

     雪道を素足の草鞋托鉢す

     目白きて河津桜のはなやげり

     チンパンジー早や春愁にしづみたる

     足湯してうぐひす笛を吹く子かな

     ふためきて藪に飛び込む笹子かな

     春節や東西南北門の内

     浚渫の泥したたれる春日かな

     わたつみの洞春潮のとどろける

     今日は晴れ明日は雨とよイヌフグリ

     汗かきの茂吉蚊遣火手離せず

     文学館の庭片隅に龍の玉

     るりしじみイヌノフグリにまぎれたり

     椿落ち土に還るをうべなへり

     残雪やあらはになりて大文字

     昼も夜も三百年の桜かな

     長興山帰るさに買ふさくら餅

     夕桜象のウメ子のすがた無く

     初蝶の後追ひかくる鳩の朝

     鈴なりの桐の花ちる山路かな

     魚はねて桜の影のゆらぎけり

     松原は春の潮騒御用邸

     石仏の横にたかんな顔出せる

     うぐひすの啼きやむ空に鳶の影

     幾山河越えてこの町初つばめ

     純白の睡蓮に鳴く牛蛙

     もろこしに仰ぎし三笠山の月

     初蝶や錆びし鉄路の果て見えず

     尊徳の呉汁を食す楠若葉

     紫陽花を背にうつむける写経かな

     麦の穂の揺るるがうれし畦に立つ

     足元の雲に苗挿す田植かな

     玉くしげ箱根は梅雨の天の霧

     秋鯖の入れ食ひに釣れ鳶の影

     白百合に花粉のよごれありにけり

     渓流の音の山路日傘くる

     さざ波の入江の風にカヌー漕ぐ

     魚跳ねて川面の炎暑しづまりぬ

     まはりこむ裏見の滝のしぶきかな

     初島の影くきやかに秋立ちぬ

     空蝉を葉裏にのこし飛び去りぬ

     電車過ぐ夾竹桃をなびかせて

     ひまはりの枯れて吹奏楽の音

     雪ふれば祖母が迎へし峠かな

 

河津桜